悲しくなったパターン

とても悲しい気持ちになったので、
これはパターンだなとすぐにわかりました。
●母にずっと元気でいてほしい、というパターンに引っかかり、
悲しく寂しく、しょげているのです。

母の左手が腫れていて、指を動かすと痛がっていたので、
今日は病院へ連れていってみたら、骨折ではなく打撲か何かでした。
先生がその時に、「何をしたわけではなくても、腫れることがあるからね」と言っていたので、
それってもう年だから仕方ないね、ってことだよねと思いました。

ひとまず骨折ではなかったのでほっとしましたが、
病院ついでに、以前から目が疲れると言っていたので、眼科にも寄ってみました。
メガネを新しくすれば、少しはいいかなと思い診てもらったのですが、
メガネの問題ではなく、片方の目がほとんど見えていないことがわかったのです。
丸いはずの眼球が、まんまるではなくなっている・・・

いつから見えていなかったのか、
もっと早く眼科に連れてきていれば良かったなと気落ちする私に、
またしても先生が、
「だんだんこんなふうに、目がいびつになってしまう人もいるんですよ」と。

どちらの先生もまったく悪気がないのもわかっているし、
むしろ優しく言ってくださっているのもわかるんですが、
自分のパターンが受け取るのは、
母はもう、どんどん元気がなくなっていって、もうすぐ死ぬってこと?
って思うと、悲しくなってしまいました。

歩くときふらふらしたり、ちょっとよろめいて転びそうになったり、
それも片方の目だけで見ているからなんだなあと、せつなくなります。
「はあ、もうどっこも悪くて、いいところはないんだね」と笑う様子にも、
私の中に泣きそうになっているパターンがいます。

死に向かって生きている。
これはみんなそう。私も、誰でも。
でも、母に元気で長生きしてほしいし、まだまだおしゃべりもしたいし、
もっと笑い合いたいし、いつまでもそばにいてほしい・・・
そう思うパターンの力が大きかったんですね。

と、気づいたので、
今日はしっかり語りかけをします。


暑さの中、真っ赤に、しっかり咲いてます!







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