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私の体の記録 終わり

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この病院に来ると20代のころをどうしても思い出します。 私のある意味、青春時代とも言える大事な人たちとたくさん出会った場所。 夜中に病室を抜け出し(なんたって20代ですから)、 誰もいない院内を歩き、静かになった外来の待合に寝てみたり、 元気そうに見えた友だちとは、 トイレで着替えをして喫茶店まで行ったこともあった。 本当に若いときの好奇心ってすごいし、 今より監視もだいぶゆるかったのだと思う。 おかげで、つらいだけの思い出ではなく、 それなりにこの状況を楽しもうという気持ちで過ごせていたのだと思う。 それでも、自分がこの世で一番不幸な人間かのように ガン治療にあたって先生にたくさん感謝もしたけど、 同じくらい文句も言っていました。 もう少し患者の身になってほしいと無理なことを考えていたし、 自分の知らないところで先生方が どんなに想像をめぐらし知恵を出し合い 最善の治療を施してくれていたのかなど、思いもしなかった。 だから呼吸器科の先生と今日で最後になるかもという日、 「いろいろ調べてくださって、本当にありがとうございました」 と心からのお礼を言いました。 先生は半分背中ごしで、 「はい、お大事にね」 と何らいつもの日と変わりなく返事をしてくれました。 その後~ 耳鼻咽喉科の先生からは、 手術は出来なかったけど悪いものではないし、 鼻の治療ってずっと続くけどそういうものだからと説明がありました。 励ますような、大丈夫だからと言いたいような。 魂からにじみでるような優しいことばをもらい、 それで充分だと思いました。 先生と言ってもまだ全然若いのです。 目にかかる前髪とロン毛の中から刈り上げがちらっと見え、 下半分は青くカラーリングしている。 パンクの人?と思わせる見た目と優しい声のギャップ。 その先生が 「気休めだけど表面のポリープだけ切ろうか?」と言うので、 何の迷いもなく切ってもらうことにしました。 その場で部分麻酔をかけ、 小指の第一関節ほどのポリープは、 歯を抜くときのような力がかかりグイっとちぎれるような鈍い音がした。 「あ~・・・喉に落ちそうだな・・・」 そう先生がつぶやいた時、 切り落とされたポリープをゴックン。 私、ポリープを飲みこんでしまったんです~~~(泣。 「あ~、生検に出そうと思ったのに・・・ま、しょうがないか」 「え~すみません・・・ それ...

私の体の記録②

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県立病院の耳鼻咽喉科に行ったときには、 もう手術の日程を自分で考え、 入院となったら一人の時間ができて、なんかゆっくりできるかもな~ 『入院=神からあたえられた休息時間』 などと、都合よく考えている自分(パターン)がいました。 しかし、 鼻という顔のほんの一部分の手術なのに、 部分麻酔ではなく全身麻酔が必要だということをはじめて知ります。 過去の私の病歴から先生は 「うーん… 取りたいですか?リスクがどれだけあるか、まずは調べないとね」 え、取るんじゃないの? 呼吸器科を紹介され、 思ってもみない展開へと進んでいったのでした。 全身麻酔ができる身体であるかどうか。 そのための検査がこれからはじまります。 30年以上も前の病気が、 今どのように私の体に影響を及ぼしているのか。 現在の状態を知れるということは、 自分の現実を知ることでもある。 それは心のどこかで願ってきたことだったように思いました。 検査は、まず肺機能に異常がないかどうか調べます。 CTに移った自分の変形した肺(正常な肺と並べられて説明を受ける)。 一部ヘチマのように固くなっていてもなお、 残された肺で今日までがんばってきたんだって思うと 自分を褒めたい気持ちになりました。 呼吸器科の診察室は4つあって、 自分の担当の先生だけ、診察スピードが極端に遅かった。 それだけ先生は患者と向き合い検査結果も受診もていねいだということ(と、受け取る)。 朝に来て夕方までかかって、 5時間以内で帰れた日は「今日は早い!」と思うほど。 あとは会計だけっていうときにも、追加検査を言われて戻ったり、 次の受診の前に、循環器科へ行くように電話がかかってきたり、 おかげ様で、疑うべきところはすべて診ていただいたように思います。 結局、私の息切れ・動悸(数値の悪さ)がどこからくるものなのか? 全身麻酔ははたしてできるのかできないのか? 先生が出した答えは、 「あと考えられるのは、喉の筋肉が麻痺しているか・・・ぐらいなんだよね」 で、それが大当たりだったのでした。 内視鏡で診てもらうと、 喉の声帯が半分麻痺して閉じられたまま。 もう片方の声帯が必死でなんとか動いているというより、 もがいているかのように見える喉の様子がありました。 これだったんだ。 この入口がいつからか半分になっていたことで、 呼吸がしずらかったし声が出にくかった...

私の体の記録①

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今日はここ2年くらいのところの 自分の体のことを記録しておきたいと思い書いてみます。 (とても個人的な話ですみません‼) 母の認知症もあって、仕事帰りに実家へ寄るという生活が、 ときどきから年中無休になっていった頃。 私の体は頭痛やときどきおこる動悸・息切れがあって、 ちょっと無理はできないなあって思うようになっていました。 (見た目はいたって元気なんですが) 鍼灸にも通い、少しは調子がいい日もあるようなないような。 そうして何とか市販薬でごまかしていた2年前の冬 突然ひどい頭痛に襲われ・・・ それがインフルだったため、それをきっかけに かかりつけ医から頭痛薬を処方してもらって飲むようになりました。 楽になるからといってあまり続けて飲むと、 その副作用で頻繁にまた頭が痛くなるらしく、 かといって、我慢するタイミングを間違えると吐き気までしてきます。 こうなると1回の薬を飲んだだけでは治らず、結構しんどい。 ある日、薬局の薬剤師さんとの話から、 専門の頭痛クリニックがあることを聞きます。 その薬剤師さんも頭痛で仕事ができなくなるくらいつらかったのが、 そこへ行ってすっかり良くなったというのです。 そうか、専門のところに行くという手があったな。 期待しながら行ってみると早速CTを撮り、 お~さすが、専門医~(ますます期待感)。 画像を見て言われたのは、 「あなた、鼻がつまっていない?」 頭や脳の血管には異常はなく、鼻の異常を指摘されたのでした。 たしかに、鼻づまりは今にはじまったことではない。 この鼻声も、幼稚園のときから、 当時のアイドル桜田淳子さんに似ていると言われてきた筋金入りのもの。 頭じゃなく、鼻か!と。 頭痛治療もあまり気持ちがいいものではなかったので、 私が行くべきところは耳鼻科だと行く先を変えたのでした。 代々続く市内の耳鼻咽喉科は、 先代の先生の時に、父が副鼻腔炎手術をしていて、 その時入院中の父の写真を小さい頃に見たことがあります。 唇をめくってそこにメスを入れて、がばっと鼻までめくり上げ手術をしたと。 当時、父からその話を聞いてなんておぞましいことなんだ ととても怖かった記憶があります。 そのおぞましい手術をしましょうと言われたらどうしようという不安と、 (今は内視鏡でやるそう) でも父も祖母も縁があった病院だからきっと守ってくれるという願いと、 ...

お知らせ 〜カウンセリング体験〜

今週末のお知らせです。 13日(日)10:15〜11:15やはぱーく会議室 60分カウンセリングの体験ができます。 今回は当日の申し込みもOKですので(但し1名様限定になりますが) カウンセリングってどんな感じ?とご興味ある方もぜひどうぞ。 不釣り合いな広〜い会議室でお待ちしております。 ★ ←こちらからご連絡下さい! この頃は悩み事はAIに相談する方が増えて、 生身の人間にはしないという方もいるみたいです。 それで解決できることもたくさんありますよね。 特に効率的、合理的な回答は得意分野ですし・・・ 私も仕事では使っていますが、 ちょっとこんな時AIに聞いたら何て教えてくれるんだろうと、 本当に些細なことをサクサクと相談したことがありました。 その時の答えの多さにもうびっくり。 さすがだなあ〜って驚きと、 どの答えも飛びつきたくなりました。 でも、本当にそれでいいのかと、 心から魂から、自分がそれをしたいのかと思うともはやそれらは借り物のような無機質さを感じ、 急に覚めていった体験があります。 もしもAIにどうしても聞きたいときは、 聞いた後にその最もらしい視点ではないもの 全く別の視点は無いか?と探してみるのも一つかもしれないと思いました。 飛びつきそうになったわりには、じわじわと何か違うかもと思った答え。 自分のそのアンテナを信じ、 今の自分がどうありたいのかに一番近いものを自分の言葉で探して創る。 カウンセリングってそういう自力で探す、感じ取る、 己を発掘するような場を与えられるような気がします。

ささやかなこと

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この頃、夕焼けがとてもきれいです。 帰り道、車の窓から眺めていると、 会社を出てから家に着くまでに ほんといろんな夕暮れを楽しめます。 数分しか経っていないのに 空がどんどん変化していく様子がわかり、 女心と秋の空ってこのことかと思ったりします(昭和の人だな)。 移りゆくものを見ていると、 今日の自分も明日には また違う自分として生まれかわっていくこともできるんだなって思う。 最近は、毎日語りかけてきた主力のパターンを、 曜日ごとに、一日1つにしてじっくりやってみています。 これがなんかとても新鮮でいいのです。 慣れているパターンも、 一週間経って新たなまた素直な主張も聞けることがあって 今はこのやり方がしっくりきています。 過去のやり方に引きずられることなく、 こうしてみたいなと思うことをそのまま試す。 その直感はなかなかいい線行っているような気がしました! ささやかなことで生まれかわってみています。