疲れた日のパターン
昨日は疲れて早々に寝ました。 今、朝5時でブログを書こうと思ったけれど、 その前に振り返りをしました。 (今年の目標に「毎日、一日の振り返りの時間をつくる」というものがあるから~) 自分はいつも誰かと比べて劣っている、というパターンの その誰かに名前を入れる。 以前も似たようなパターンがあったなと考えると、 大波ではないけれど、小波がゆれているのを感じます。 波は、いつもゆらゆらとゆれていて、 凪になるのはわずかな時間だけ。 その凪の状態というのは、とても静かで、無感情で、何もないような、 それが自分にとっての本当の心地よさでもあるんだなあと思います。 そして、パターンがあると波が荒れ・・・ やはり苦しいし、嫌だなって思うし、イラ立つし、落ち込むこともある。 そういうパターンが出てくることが嫌だと思うパターンもいる。 そこをスルーして、 パターンで語りかけをしていることもあるのだと思う。 ●パターンに出てきてほしくない というパターンへの語りかけ。 体が疲れているとき(昨日のように)特に出てくるように思う。 なぜならば~、 こんなときにパターンに出てこられると、 ちゃんとケアしなきゃって思うし、 でも今日はちょっとできないなって思うと それはそれで放っておかれたままのパターンが気になって 本当には休まっていない気もするし・・・ だから、パターンに出てきてほしくないんだな。 なぜならば~の部分を声に出して読むと、 なんだかこれだけでほっとする感じがありました。 「私」はそうは思っていないけどね、でさらに、すんっとなる。 疲れたときは、このパターンへの語りかけがしっくりきます。 久しぶりの夕焼け