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みじめさのなかではじめて生きる

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数ヶ月前までは、 今、何感じている?という問いかけを そんな一日に何度もできるだろうかと思っていましたが・・・ 不思議なことに、 そこに意識を向けることが今は日課になっています。 そうしたいという「私」の意思が、 だんだん練習と共に習慣化され、気づいたらやっているのですから、 できそうにない~という不安は「私」ではなかったんだなと あらためて思いました。 そして、意識を向ければそこが拡大されていくということも 本当にそうだよなあって思います。 『くもをさがす』西加奈子著 岩手クラスで今、まわし読みさせてもらっている本です。 西さんが自分のことを書いているものなのですが、 その本の中で、たびたび誰かの言ったことばや話や、 本に書かれてあった文や曲の歌詞が行間に書かれてあって、 その行間の文が『魂に響く55の言葉』のようでした。   みじめではない  と思いたい。  だのにひとは  みじめさのなかではじめて生きる。   (安水稔和 ー生存のための歌ー) 本を読み終えて一番響いた行間のことばは、 今、何感じている?の問いを 表現しているようだと思いました。 みじめだと思うことに正直になることは、 その中で生きている自分を感じること。 感じて、感じて、やっと、 そこからどうありたいのか生き始めることができる。 またこの本からも応援されています。 黄色と紫の組み合わせって、好きだー!

ほんの少し気分よく

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ふとした時に、見ていたTVドラマのセリフが気になったり、 開いたページの文章にはっとさせられたり、 義母が言ったことばにうるうるしてしまったり・・・。 パターンに飲みこまれそうになっても (いや、もう飲みこまれっぱなしだなという時も) 「私」をとり戻せと、 何かに応援されているような、 背中を押してもらっているような気がすることがあります。 そうして何度も何度も大事なことを思い出す。 ありたい自分ではない時も、その後にまた思い出すのだ。 結論を急がないように言い聞かせて、 うまくいかないこと(ってパターンが言っている)が続いても、 腐らないでやっていこうと、 散歩中の犬のまっすぐな眼差しを見て、また励まされたりする。 思うようにいかないのは体もしかりで、 まだまだ若いんだからと言ってくる人の声には耳を貸さない。 自分の体は、自分が思うただひたすら好きなことをさせたり、 または気になったことや少しの刺激を与えたり、 最低限のことだけやっては後は放り出してみたり・・・。 毎日何かしらの気持ちを感じ取るたびに、 体は体でバランスを取るようなことをやっているなって思う。 本当に健気な自分の体。 心と体はやっぱり1つでつながっていると思うから、 嫌だなと思う(パターンがね)心があっても、 その裏にはいいなとちゃんと感じられる心があるように、 体も不具合の裏には、 ちゃんと働いて自分をいつでも元気にさせることができる細胞もある。 明日のことを考えずに、 今日だけをほんの少し気分よく過ごすためのことをやっていこう。 プラスチックのお皿が「こういう日もあるさ~」と言ってくる

「私」の管理監督

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思い通りにいかないことが起こると、 その時は、イラ立ち、怒り、不安、悲しさ、 面倒くささといった気持ちが湧きおこります。 ああ、こういう気持ちになっているんだなと 「私」はパターンを観察していますが、 ただ、そう思っているんだねという共感だけではなく、 「私」がしっかり管理監督をしていくことが大事なんだと思いました。 それが何のパターンなのか考えることでもあり、 そのパターンを代弁したり、白と黒の入れ替えを試みてみたり、 白の感覚を保ちながらこれからの選択をし、 それに見合った、どうありたいのか?を実践へと移していく。 その一連の流れを管理・監督していく「私」がいて、 時には「だまりなさい」をピシャっと強く言ってみたりすることもあるし、 もう頑張らなくてもいいんだよと、 すべてそのままでいいと全信頼を寄せてゆるすということもあります。 今日は、 オブラートに包まず伝えることを選び、 伝えた上で、どうするのかをその場で感じてみることをしました。 事の結末、ゴールを設定せずに、 言った後にまた感じてみようと流れに任せました。 結果的にどうだったのかというのも今は分からないし、 良かったとかダメだったとか何もないと感じます。 ただ、それが言えた自分で良かったと思ったことが 一歩階段を上がって今までと少しだけ違う景色が見えた・・・ような、 そんな気がしました。 思い通りにしたいと思っていることを自分自身に許せた気がします。 穏やかさ、落ち着き、ほっとする感じ。 そして、またこうやっていけばいいのかもしれないと思う 希望を感じます。 日が暮れるのが早くなりました

頭が働かないとき

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今日はあまり頭が働いていないなって感じていました。 午後から外出の予定があり、 目的地にだいぶ早く着いてしまい車の中でぼんやりしていました。 今度はぼんやりしすぎて時間に遅れそうになり、 30人ほど集まった場所で、空いていたのは一番前の席だけでした。 お昼を食べたばかりの私は、 どうか居眠りしませんように・・・と思いながら話を聞きます。 質問ある方は?と聞かれましたが、 会場はしーーーんとして誰も手が上がらず。 ふいに聞きたいことが浮かんできて、 大したことない質問をしてしまいました。 でも、その質問のおかげで、 自分自身が何かとてもいい感じに力が抜けて、 その後はリラックスしてその場にいられました。 終わってから以前一緒にお仕事をした方を見つけ、 〇〇さーーーん、って声をかけると、 その方も、お~久しぶりだねと、 いろいろ昔話に花が咲きました。 それがとても楽しくて嬉しかった。 今日の出来事どれも、 考えて考えて取った行動ではなく、 成り行きに任せた中で全てが丁度良く、 しかも爽やかに過ぎていったように思いました。 意図せず、作戦を考えず、どう思われるのかを気にせず、 そうやって瞬間的に行動したことって自分にとって 最良であることを思いました。 どうしてこんなふうに落ち着いた自分であったのか? なんてこともしつこく考えないように・・・ また感じたままに自分を置いていきたい。 かぼちゃプリンが美味しい

頑張る自分

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頑張ることについて意味付けを考えてみました。 一般的にはプラスの意味の方が多いと思うので、 まずはプラスを考えます。 ⊕ 強い意思力、自分の中での納得、正々堂々、尊いこと、達成感、無心、何かを得ようとしない、全力投球の体験、自分の限界を知る、勇気を使う、頑張れる環境があると気づく、頑張っている人の気持ちがわかる 中立は、ただ一つの事象。 ⊖ 無理がある、疲れる、表面的だったりする、他者へのアピール、認めてもらいたい行為、報われないとがっかりする、何かを得ようとする、周囲が見えなくなる、常に焦っている、自分の本心が見えなくなる、こだわり、頑張っていない人を責める、頑張れない自分に落胆する、能力があると勘違いする 頑張ることにちょっと無理があったとしても、 やろうと思えば何とかできてしまうことから、 自分はできると思ってしまうパターンがあると思いました。 できると思いたいからやっているわけではないけれど、 頑張っていることにも気付きにくい。 でも、その「できる」の中身は、 余裕があって清々しい気持ちで楽しんでできているならいいけれどー、 黒パターンでいうところの「頑張る」だから、 結果もそれに見合ったものが返ってくるのだと思う。 だったら、「頑張らない」ことを選ぶというのもありますが、 またそれも黒パターンでの頑張らないになってはいないだろうか・・・ 無心でやりたいからやっている。 自分を守り、自分を引き上げる頑張り。 そういう感じで頑張ってみたい。