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ゆったりくつろぐ感覚

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マイヤーリングという滝沢にあるケーキ屋さん。 甘さ控えめの素朴で美味しいケーキがたくさんあります。 今は桃やスイカを使ったケーキやタルトがありました。 季節感があって、職人さんが丁寧に心を込めて作っていることが感じられるお菓子ばかり。 中に足を踏み入れた途端に、 ここはどこ?と外国を思わせるような おどろきと、懐かしさと、ちょっとわくわくしてくる感じ。 この空間があって、時間もゆったり流れていくように感じました。 この時に感じたゆったりくつろぐ感覚も できれば毎日一瞬でも思い出したいなあと思いました。 ケーキを食べれればいいということではなくて・・・ 自分がなんかいいな、好きだなと思う空間と時間感覚。 そういうものを自分の中にも作ってみたいな。 お花さんもくつろいでます

感じられない、を選ばない

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今、何を感じている? という問いを不意に投げかける。 (この、ふいにやるのがいいそう) と先生に言われるも・・・ 四六時中、意識できないものを、 果たして不意にというタイミングで思い出せるのだろうか。 って考え、難しい、できないと決めつけるのもパターンなんだなと思いました。 一日のうちに何度も何度も問いかけるって、 そう簡単なことではないと(パターンは)思っている。 何かネガティブな感情が湧いたときは問いやすいのですが、 その場で、今、何感じているのか? と問うことができない日も多い。 でも、もう、できないという決めつけは選ばない。 何度も何度も問いかけるのは難しい、 と言っているのは誰なんだろうか? ここにも問いかけた方がいいです(自分の場合)。 昨日は5~6回くらいですが、 今、何を感じているのか? 問うことができました。 その中に、面倒くさい、という感情がありました。 感情とは言えないかもしれませんが、 無気力っぽい感じというか、動くのがおっくうな感覚がありました。 こういう感覚、夫に何か言われたときや、 仕事に行く朝や暑い日なんかは特に出てきていたのかもなあ。 ちゃんと感じられている自分がいてよかった。 入道雲 つかめそう~

パターンを選ばない自分になりたい

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2日間の道場を終えてー 語りかけを正しくやり続けることと、 自分はどうありたいのか、という目指すものを明らかにしていくこと。 この2つが体中をこだましています。 この2つについて(他にもあるんだけどまずはここにしぼる)、 次の回までに毎日意識して、 語りかけは深くもっと自分を見ていきたいし、 今、何を感じている?をできるだけ多く問いかけていきたいです。 「考えるな、感じろ」 Don't think, feel 黒パターンで考えるのをやめる ただただ感じよう 先生からの問いを受けて、 感じられない自分はダメだと思っているのもパターン。 分らないことを(感じられていないことも) あれこれ考え続けているのもパターン。 自分はやることがたくさんあって、 どれも優先でどれも必要なことで何も削れない、 と思っているのもパターン。 家族は大事で、夫が今一番大変なんだから 自分が助けるのは当然だと思っているのもパターン。 そんな夫にもしものことがあったら、 一人で生きていけないと思っているのもパターン。 会社員ってこうだから、仕事ってこうだから、あの人ってこうだから、 だから自分はこうするしかないって決めつけたがるのもパターン。 それらを選んでいるのは誰のせいでもなく自分でした。 そう、自分がぜ~~~んぶ選んでいる。 思考して選んでいる。 自分の体のことも、魂の望むこともちゃんと感じずにです。 じゃあ、どうありたいのか? パターンを選ばない自分になりたい。

同じことをやり続ける

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岩手クラスの道場1日目は、 なぜか盛岡冷麺を食べていたときに、 年をとってみんなで学べないという日が来ても 冷麺を食べるたびに懐かしく思い出すんだろうなと思いました。 なんでそんなことを今しみじみ思ったのかわかりませんが・・・ 15年経って、自分があまり変わっていない部分もあるし、 全然違っている部分もあります。 ただこうして続けてこれたのは自分が選択してきたことではあるけれど、 やはり先生やみんなのおかげだと思いました。 クラスの人の発言にパターンが引っかかったり、 みんなより自分は劣っているとか、成長していないとか、 そういう比較のパターンはずっとそこにある。 開示はまだまだだと思うけれど、 これからもっと開示しあえるクラスになっていくようにも思う。 15年前も今も、 感情が騒げばケアをして・・・と、 ホントいつも同じことをやっています。 でも同じことをやっているんだけれど、 15年前とは変わっているところもあります。 朝目覚めると暗い気分で一日を始めていたことも、 眠れなくて気が狂いそうな夜も、 しょっちゅう自分はダメな人間だと泣いていたことも、 今はそういう自分ではなくなっている。 それはやはり、パターンという存在を知ったから。 それは「私」ではないんだと知ったから。 そして、その先にずーっと先にあるもの、 それを見てみたい一心で続けているのかもしれないです。 階段を一段上がっただけで見える景色が変わるように、 今日も自分を知ること、やっていきたい! 今まで食べた中で一番おいしく感じました!

手放せないもの

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毎日の日課、そして永遠と続くご飯作り。 それに役立っているのが、 雑草の中に埋もれながらも育っている野菜です。 途中で枯れてしまったり芽が出なかったものもありますが、 生き残っているのは、ナス、ニラ、ピーマン、ししとう、パプリカ、青しそ。 虫食いも多いし、形もいびつ。 でも味がすごくいい! 雑草をかきわけて収穫していると毎回蚊にくわれ、 この数分間さえも面倒がらずに手袋と長袖を着用することを覚えました。 (かなりくわれてから気づいた・・・) お花がたくさんあった頃もとても華やかで良かったのですが、 花はとても手がかかり、その体力と年々見合わなくなる。 (野菜も本来は手がかかるものかもしれませんがー) 思い切って減らして良かった。 その空いたところに、 ちょっと苗を植えただけなのに育ってくれている野菜たちがなんだか愛おしい。 スペースを作るって大事ですね。 お花をあきらめてスペースを作ったところに、 こんな生活が待っていたとは・・・。 何かを手放す(捨てる)と何かが入ってくる。 もしかすると、これの繰り返しで生活は成り立ち、 逆を言うと、足すばかりではあらゆることがパンクしてしまうっていう、 これも法則の1つでもあるのですね。 自分が心の中に手放せずにいるもの。 今日はそれを見つけていきたいと思います。 トマトはいただきました!