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頭が働かないとき

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今日はあまり頭が働いていないなって感じていました。 午後から外出の予定があり、 目的地にだいぶ早く着いてしまい車の中でぼんやりしていました。 今度はぼんやりしすぎて時間に遅れそうになり、 30人ほど集まった場所で、空いていたのは一番前の席だけでした。 お昼を食べたばかりの私は、 どうか居眠りしませんように・・・と思いながら話を聞きます。 質問ある方は?と聞かれましたが、 会場はしーーーんとして誰も手が上がらず。 ふいに聞きたいことが浮かんできて、 大したことない質問をしてしまいました。 でも、その質問のおかげで、 自分自身が何かとてもいい感じに力が抜けて、 その後はリラックスしてその場にいられました。 終わってから以前一緒にお仕事をした方を見つけ、 〇〇さーーーん、って声をかけると、 その方も、お~久しぶりだねと、 いろいろ昔話に花が咲きました。 それがとても楽しくて嬉しかった。 今日の出来事どれも、 考えて考えて取った行動ではなく、 成り行きに任せた中で全てが丁度良く、 しかも爽やかに過ぎていったように思いました。 意図せず、作戦を考えず、どう思われるのかを気にせず、 そうやって瞬間的に行動したことって自分にとって 最良であることを思いました。 どうしてこんなふうに落ち着いた自分であったのか? なんてこともしつこく考えないように・・・ また感じたままに自分を置いていきたい。 かぼちゃプリンが美味しい

頑張る自分

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頑張ることについて意味付けを考えてみました。 一般的にはプラスの意味の方が多いと思うので、 まずはプラスを考えます。 ⊕ 強い意思力、自分の中での納得、正々堂々、尊いこと、達成感、無心、何かを得ようとしない、全力投球の体験、自分の限界を知る、勇気を使う、頑張れる環境があると気づく、頑張っている人の気持ちがわかる 中立は、ただ一つの事象。 ⊖ 無理がある、疲れる、表面的だったりする、他者へのアピール、認めてもらいたい行為、報われないとがっかりする、何かを得ようとする、周囲が見えなくなる、常に焦っている、自分の本心が見えなくなる、こだわり、頑張っていない人を責める、頑張れない自分に落胆する、能力があると勘違いする 頑張ることにちょっと無理があったとしても、 やろうと思えば何とかできてしまうことから、 自分はできると思ってしまうパターンがあると思いました。 できると思いたいからやっているわけではないけれど、 頑張っていることにも気付きにくい。 でも、その「できる」の中身は、 余裕があって清々しい気持ちで楽しんでできているならいいけれどー、 黒パターンでいうところの「頑張る」だから、 結果もそれに見合ったものが返ってくるのだと思う。 だったら、「頑張らない」ことを選ぶというのもありますが、 またそれも黒パターンでの頑張らないになってはいないだろうか・・・ 無心でやりたいからやっている。 自分を守り、自分を引き上げる頑張り。 そういう感じで頑張ってみたい。

休息しよう

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もう30度の夏の暑さは去っていったようです。 イワシ雲らしきものも出ていたので、 今年の秋はいつもより少し早く来ているのかな。 今日は風邪っぽい症状があって、 力が出ず、弱々しく大人しく一日を過ごしました。 明日に伸ばせるものは伸ばし、 何事も根詰めないようにして体力を温存させました。 以前は太りたくても太れず、 痩せすぎて体力が全然ない時期も長くあり、 いつも体が冷えていました。 1年中風邪をひいているかのように寝込むことが多かった。 でも、今は体も厚みが出たためか体温も上がり、 手足が冷たいということもなくなり、 体質はほんの10年前と比べても劇的な変化です。 ただ、風邪をひかなくなった代わりに、 無理をしてしまう傾向があるので、 キャパオーバーしないと体を労わないということではなく、 そうなる前に早めに休むようにしたいです。 みなさんも季節の変わり目は気をつけてくださいね。 ということで・・・今夜は早く寝ます。 焼きサバの炊き込みご飯

幸せに包まれながら

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千住真理子さんのヴァイオリンコンサートに行ってきました。 東日本大震災をきっかけに毎年岩手に来てくださっていて、 会場の人たちへ話しかけるような親しみのあるトークと、音楽を愛し敬い魂で演奏している姿が本当に素敵でした。 どんな作曲家が作ったものなのか、 込められたストーリーやそれを弾くときの千住さんの思いなど、 一つ一つ全ての曲への紹介がありました。 (素人には嬉しい曲紹介) ある曲はピアノが非常に難しく、伴奏者の丸山滋さんでないとコンサートで弾くことができない貴重な曲なんですよというお話もあり、 たしかに、脇役でありながら主役級の素晴らしさを感じるピアノです。 あのストラディヴァリウスの音を最大限に引き出すため、 千住さんは看護士のように毎日ヴァイオリン管理に付き添い、 そして、朝早くからホールの環境設定を万全にしてくれたスタッフの方々がいて、 今日の日を迎えることができたと話していました。 まさにヴァイオリンに命が吹きこまれたかのように喜びに満ち溢れた響きでした。 目を閉じて聞くと、 なぜだか今まで忘れかけていた家族との何気ない出来事が思いだされ、 私もたくさんの人に支えられて生きてきたこと、 そしてずっと幸せだったこと、 生かされてきたことを感じ涙が止まらなくなってしまいました。 今日はこれからクラスの勉強会です。 幸せに包まれながら行ってきます。

やや得意なこと

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昨日の日記にも書いたように、 私は普段から何かを忘れたり失くしたり、 壊したりということが結構な頻度であります。 注意欠如に多動もあってか、 ますます不注意が起きやすい動きをしているのだと思います。 (とパターンは言っている) なんですがー、 失くし物については、見つけるのがまあまあ得意だったりします。 すぐに見つかるということではないけど、 先日も誰も探さないような場所から見つけ、 やはり、探す際のコツみたいなものがあるなと確信した気がしました。 口に出して言ってしまうと、 なんだそんなことかというものですが・・・ まずは、 心あたりのところから、絶対ここにはないというところまでくまなく探していく。 くまなく見る、です。 そしてもし、それが無いとどうなるのか最悪の事態を考える。 その最悪を実行するかのごとく行動する。 そして、探し物が得意なご先祖様に、 どうかそのお力を私にも分けてくださいと背中を押してもらう。 それをやっての翌日または数日後、ずっとここで待ってましたよ〜 という感じで出てくることが本当に多いのでした。 なんて言ってて、見つからないものもありますし、 そもそも、 失くさないようにはじめから意識的に気をつければいいのでしょうが なかなかそこが難しいと、パターンは言っている。 結局、見つかったときは見つかった方がいいということだし、 見つからないときは見つからない方がいいということだと信じています。 和でも洋でもない朝食