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自分が中心でいたい

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自分が中心でいたいと思うパターン。 意味付けワークを「中心」でやってみたら 広くなりすぎて分かりづらくなってしまったので、 「中心にいる(人)」で意味を考えてみました。 プラスは、 大事にされる・人が集まってくる・守られている・認められている・尊敬されている・ムードメーカー・象徴・重要・核・何もしなくても物事が進む・楽・人に(良い)影響を与える 中立は、 中心にいるというただ一つの事象。 マイナスは、 何をしているのか本当のところが見えにくい・(逆に)していることが目立つ・責任が重い・そこにいると見えないものがある・周りの人あっての自分だということが気づけない・うぬぼれやすい・偉くなったかのように勘違いしやすい・中心にいないと何をしたらいいのか分からなくなる・人に(悪い)影響も与える 意外なところでは、プラスの意味付けに、 何もしなくても物事が進むという捉え方がありました。 中心にいるということは楽なことだと パターンは思っていたんだなあ。 でもマイナスをあげてみると、 周囲へのありがたみとか分からなくなったり、 そもそも周囲と中心と、別エリアに分けて捉えているため、 その楽エリアから外れたとパターンが認識してあわてふためき、 苦しくなっているのかもしれないと思いました。 どちらがいいとか悪いとか、 もうそこではないエリアがある。 そこには、人を介しての自分ではない清々しさがあるように感じました。 「もしかしたら・・・自分が中心でいたいって、 もう、決めつけなくてもいいのかもしれない・・・」 これを空を見て唱えます。 ピザ作り体験

感情のキャッチから

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毎日いろいろなパターンをキャッチするんですが~ 自分は特別で一番だと思うパターンの親戚? 自分が中心でいたい、と思うパターンがいることを感じます。 同じような系統のものは他にもあって、 大事にされたい、尊重されたい、というものあります。 自分が中心でいたいんだねー ってパターンがいることはわかるけれど、 いつも語っている、自分は特別で一番というパターンでは、 なんかしっくりこない感じがありました。 なぜならば~以下の語りかけが、 やはり違うからなんだと思います。 なぜ中心じゃないとダメなのか? 中心という意味付けはこれからですが、 他のエリアにいる自分のことを、 大事にされてない・尊重されていないエリアにいるのだと パターンは思っているように思いました。 不安、緊張感、寂しさ、いらいら などといった感情。 どう対処したら、どう自分が居ればいいのかわからない。 だからそういう感情や感覚がわくのだと思うけど・・・ 以前の自分にくらべたら、 少しづつその中心ではないエリアにいれるようになっているような気はします。 でも不意に留まれなくなってしまうのはなぜか? パターンがさわぐ瞬間を感情をキャッチして、 もっと観察していこうと思います。 シンプルなカップに上品な量

たましいのどうじょう

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昔、「魂の道場」で学んでいることを聞かれたら何と説明するのか? ということを考えたことがありました。 そのとき、本当に何と言ったらいいのかわからず、 自分を知るための方法を実践することだったり、 全て自分の中に答えを見いだしていくものだったり、 確かにそうなんだけれど、 もっとスキルやノウハウではない表現はないものだろうかと考えました。 「道場」という言い方もなんか古くて固くて(先生すみません)、 しかも「魂」が付くと、ちょっとなんか怪しくないですか?とたぶん思う人もいる。 でも今や、 若い人たちに絶大な人気をほこるミュージシャンでさえ、 ごく自然に「魂」という言葉を使ってファンに語りかけ音楽を表現する時代なのです。 なのに、カウンセリングや、自分を知る方法の中で、 「魂」という言葉が入ると、 受け入れ難くなってしまうのはどうしてなのだろうって思う。 魂が肉体を持って生まれてきて、 肉体を使って自分の課題に挑戦していくためにこの世があるとすれば、 その挑戦は、自分とは何かを知ることでもあり、 その自分というのは愛のかたまりであり、 人も花も動物たちも地球もすべてそうであることを知るために、 自分だけの課題(人生のテーマ)があたえられていると思うのです。 自分はつくづく出来が悪いため、 そういう学びを通して自分を知る練習を時間をかけてやっているのだと思います。 人がうらやむような幸せを望むならば方法はたくさんあるし、 自己理解の方法だっていろいろあふれています。 でも、自分はこれだった。 一歩進んで二歩下がるような道。 根拠などなく、私=魂だけがいいと感じられるもの。 それが道場の教えにはあるんだなと思っています。

片付けよう

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今朝は地震で目が覚めました。 今日はお休みを取っていましたので、 スマホの目覚ましもかけず、夢の真っ只中でしたが~ スマホのアラーム音で起こされました。 ニュースでは思ったよりも被害は今のところ少ないようで良かったです。 沿岸の方々は津波が頭をよぎり、怖かったと思います。 地震が最近続いていますので、用心していきたいですね。 今朝の我が家の被害も大したことはなかったのですが、 床を見ると・・・テーブルの上の小物入れが落ちている。 (と、聞くとホント大したことないんだけど) その中のこまごまとしたゴミのような雑貨たちが盛大に散らばっていて、 あちゃ~という感じでした。 クリップ、髪留め、ボタン、付箋、ペン、使っていないストラップ 期限がとっくにすぎた券とか、もう連絡しないんじゃない?と思う名刺とか どれに使えるのかボールペンの替芯とか、メガネのレンズだけとか。 何でもかんでもそこにとりあえず入れてしまっていたので、 もう片付けろってことですね。 飾っていた写真や絵画なども倒れていて、 戻すとそこにはけっこうなほこりが・・・ ああ、これも掃除しろってことですな。 最近、捨てるもの、整理整頓するもの、 いろいろ断捨離的なことが続いていています。 そういう時期?なのかと思い、 気づいたところからやっていこうか。 このレンズがうけた…何で取っておいたのか?

相手もパターンで話している

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話を聞いた後に、 何とも言えない違和感を感じることがありました。 そのときはそれが何なのかよくわからず、 自分がちゃんと相手の話を聞けていないということなんだなと、 パターンは思っています。 後から、 その人が自分に肝心なところを話していないことが分かり・・・ 違和感を感じたのはそういうことだったのかと、 腑に落ちた感じがありました。 パターンって、 自分にとっていい返答が欲しかったり、 自分には非がないと思われたかったり、 それが欲しいためにそこへ誘導することをします。 その人が本当のことを言いたくなかったのは、 何かしらのパターンがあったんだなあと、 自分がそう思えたことに、今までになく新鮮な気持ちがしました。 自分が話したことについては、 ・・・ってパターンが思っているのねと言えますが、 相手にも、・・・ってパターンが思っているんだなと捉えられる。 (相手がパターンの存在を知らずとも) ああ、そういうことか! と思った出来事でした。 足場の高~いところで…ご苦労様です!