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禅マインド

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禅マインド ビギナーズ・マインド(鈴木俊隆) 大分前に読んだときは、 なんだかよく分からないなと思いながら読んでいました。 今、読み返しているのですが、 以前のような何がなんだか・・・という感覚はなく、 本当にほんの少しなのですが読める箇所が増えたと思います。 今日は「修行について」でした。 本書では、仏教(禅)のことを言っていますが、 もしかするとすでに生きていることが修行。 という捉え方でもいいのかどうか・・・ 少なくとも、自分自身は道場で学んでいるという 自覚をもっての自分にあてはめて読みました。 その中で、自分の修行が適切なものかどうかを 判断することができると書かれてあります。 それは、自分が疲れたり修行がいやになったりしたときは 警戒信号と判断すればいいということ。 疲れる、いやになる、やる気を失うということは、 自分の中で修行が理想になってしまっているからだと。 その理想で何かを追いかけようとしている。 欲が出てくるとそれはもう純粋なものではなくなり、 その欲に負けてしまう、というようなことが書かれてありました。 これは、普段先生が言っていることではなかろうかと思いました。 (理想をパターンに置き換えてみると~) だから、目的をもってワークをしないということなんだと。 さらに、むずかしいと感じたり、 また喜びを感じることもあまりよくないサインなんだと・・・・ ここは、以前の自分であったら、 えーーーー、そうなの?と完全に反応したところですが、 ああ、そうだよなあって今は思えます。 そのあまりよくないと言われる修行の仕方もしてきたからこそ そう実感できるところなのかなと感じました。 本書では、そういう場合どうするか? というところも親切に書かれてありました。 今、自分が成長しているのかどうかチェックしないように。 ここもよく先生から言われる言葉です。 ただ、やる。これでいいのだ。 でも、これだけでいいと思っているときに出てきた本。 いろんなパターンを知ったおかげで、 少しずつ読めるようになったのかなと思うと、 まだ分からない積読の本もこれからの楽しみになります。

話せば話すほどに

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夫のお母さんのことで、 毎日施設で寝泊まりしている夫からいろいろな話を聞きながら、 ●自分の思い通りにしたい(やってほしい) というパターンでみな生きているんだなと思いました。 夫も、母に関わる人たちにこうしてほしいというのがあるから苦しく、 私も、夫にあんまり頑張らないでほしいと思うから苦しい。 そして、母もだし、関わる人たちもみな、 それぞれのその領域での正しさがあって、 そこで考えたことが行動につながっている。 昨日、施設の方に介護の仕方について、 こまごまとしたことを話していて気づいたのは、 「・・・ってパターンは思っているんだよね」でした。 相手を責めるような言い方にならないように気をつけよう 自分は正しくも何でもないのだからと思いながら話したのですが、 どんな言い方をしようとも、 結局は全部パターンが言っている。 話せば話すほどにそれを感じました。 今、見るべきパターンはここだなと思うので、 語りかけからはじめて、そして、どうありたいか? のところまでたどり着いていきたいです。 ガマの穂!

国語辞典を引く

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最近、語りかけで分からない言葉や漢字があると辞書を引いています。 スマホをパッと開いて調べるのが常でしたが、 突如、棚の奥に国語辞典があったこと(それも兄のお古)を思い出し、 引いてみたくなりました。 すぐに出番があり引いてみると、 言葉の右側のところにえんぴつで線が引かれています。 ということは・・・ まだ10代の若かりし自分が、まったく同じ言葉の、 意味なのか漢字なのか分かりませんが知りたくて調べていたということですよね。 って思うと、なんかすごくないですか! 40年以上経っているのにまだ引いている(ちゃんと覚えられていない)ってこと。 毎日、結構な割合で、 もうすでに線が引いているものを引いてしまいます。 そのたびに、線を新たに引けないことにがっかりしてしたり、 まだ一度も線を引いたことのない言葉に出会うと、 何だか誇らしくうれしい気持ちになるのでした。 これは、新しいことを覚える方が勉強した気になるというパターン。 または、自分は進んでいる成長していると感じたいパターンなのかな。 辞書を引いては、そっか!と思い、 また忘れては、確認したくて引く。 この行為自体が好きで無心に楽しんでやっていた。 勉強(学ぶこと)ってこんなふうに手間をかけながら、 遊び心をもちながら続けられていくんだなあと、 昔の自分に教えられた気がしました。 年季入ってます! ページをめくる音、手触りも好き

ふわふわした白い毛

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以前から行ってみたかった山荘のそばにある動物舎。 とてもきれいに管理されたところに、 羊、ヤギ、ポニー、牛、そしてウサギがいました。 こののんびりとした土地柄にぴったりの 全く噛みつく様子も暴れることもしない、 ストレスゼロでここにいるのではないかと思うほど、 素朴な動物たち。 みんな地球の仲間だなあって思う。 うさぎは、昔飼っていたミミというメスのうさぎにそっくりで 釘付けになりました。 でも、よく見るとミミよりも耳が大きく体もデカい。 ふれあい用のカゴに今にも脱走しそうな元気なのが1匹、オリには2匹お昼寝中でした。 聞けば、ジャンボウサギという品種なんだそう。 秋田ゆえに「どんぱん三姉妹」と名付けられていました。 注:秋田には民謡どんぱん節というのがあり、ここ大曲ではジャンボウサギの発祥の地でもあり、動物舎ではこのような意気なネーミングで呼ばれていました。雪深い地域に住む雪うさぎというほのぼのとしたイメージとはほど遠い、食用目的で品種改良されたうさぎなんだそう(食べるのは可哀そうすぎる…)。 人の手に慣れているせいか撫でても嫌がらず、 ふわふわした白い毛は本当にもう癒しのなにものでもありません。 とにかく可愛かった~~! また会いに来るね~~!

楽しさを無理に感じようとしなくていい

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イベントでは今回もはじめての方々との交流。 笑顔いっぱいで楽しい一日でした・・・が・・・ 自分はその中にいて何を感じていたか? 一緒に大笑いし、素直に楽しいと思う時もたしかにありました。 でも、自分がこれからもずっとやりたいことではないなあと感じた瞬間もあった。 小さな焦燥感というのか、 平たく言えば面白さや自分にとっての必要性を感じなくなっている。 自分はこういうものを求めてはいないことや、 (イベント自体は素晴らしいことだと思っているんだけど) 体の疲れも感じていました。 でも1年前の自分は全くそうではなかった。 疲れがあっても吹っ飛ぶくらい、 この時間を楽しめたし癒されてもいたし、 学ぶものがたくさんありました。 今でも学ぶものはあるけれど、 以前の自分とは変わってきているのかも(パターンも変化する) ということに気づきはじめている。 一度決めたことだし、相手がいることだから今さら変えられない。 っていうのもパターンです。 楽しさを無理に感じようとしていたことも今日感じました。 そして本当に楽しみなのは、 温泉に入って非日常を大自然の中で過ごし、 時に友と語らうゆったりした時間。 そこでは一人自分を振り返る時間もたくさんあります。 そうか・・・私はこういうことがやりたくて イベントを手伝っていたのかもしれない(こっちがメイン)。 もしかしたら、他人から学ぶ事より今は 自分が感じて考えて実践していくことを選びたいのかもしれません。 今朝はきゅうりメインの冷汁と目玉焼き