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よく思われたいパターン

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毎年職場でPSW試験の実習生を受け入れています。 毎年のことなので内容もおおよそ決まっているのですが、 今年は何かいつもと違う・・・。 何が違うんだろうって考えたら、 本当に些細なことなんですが~ 実習生と一緒にまだご飯を食べに行っていないことに気づきました。 いえ、行っていないのではなく、 行こうという気が起きていなかったということ。 いつもであれば、まずご飯を一緒に食べに行って、 なぜこの資格を取ろうと思ったのかというところから、 大学の話、バイト先の話、彼氏(彼女)の話まで聞いていたと思います。 しかしそれをやっていたのは誰なんだろうか? 人間、ご飯を一緒に食べることで緊張がほぐれるとか、 担当なんだから学生と心を通わした方がいいとか、 今までそうしてきたんだから今回もしなきゃなって。 変な義務感だったのか、 よく思われたかったのか、 そのあたりのパターンでやっていたのではないかと思いました。 気づいた瞬間から感情がざわついています。 迷い、焦り、不安、不快感。 もうそれは(パターンは)選ばない・・・でやってみよう。 少し秋風感じます

怒りという感情

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怒りは悪いことという意味付けがあります。 怒りという無駄なエネルギーを使わないように、 または感じないよう蓋をして何か気持ちが変わるようなことをしてみたり、 怒られて怖い思いをしたときも、パターンとしては避けたくなる。 怒りをそのまま感じてみる、受けとめてみる、 怒りを感じた原因のパターンを理解してみる等々 パターンだと思うからこそ、 その中に恐る恐るですが入って行ける。 どんなネガティブな感情とも共にいられる自分ではないけれど、 少なくとも、 現実逃避をしたり、 感じないように考えないように何かに没頭したり、 まずは寝る(今は向き合えないと決めつける)といった選択を あまりしなくなったことに気づきました。 こうした時間を自分へつくることは、 自分(パターン)をひとりぼっちにはさせずに、 そばにいるという状態なのだと感じました。 そばにいるって、そういうことなんだなと、 ちゃんと感じてすぐに何とかしようとせずに、 自分(パターン)を待ってあげられる自分にも少しだけなれている気がした・・・。 行動と心との一致性を作っていく。 ってこういうことなのかなと思いました。 風の通り道

昔話

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はじめて母から、母の祖父(私の曽祖父)の話を聞きました。 市日(毎月一回、出店が来て買い物ができる日)になると、 山奥の奥に住んでいた祖父が、 今では信じられないような距離を歩いて 母たち(孫たち)に会いに来ては小銭をくれたという話でした。 ボロボロの布巾着にお金が入っていて、 母はそのお小遣いをもらうのが本当にうれしかったと言っていました。 父親(私の祖父)は厳しくて頑固でとにかく怖かった・・・ でもおじいさん(私の曽祖父)はとても優しかったんだったんだよ、と話す母の顔も穏やかでした。 母の両親(私の祖父母)は駆け落ちして村を出たので、 その時代ではめずらしい恋愛結婚。 夫婦で理容店を営んでいました。 やはり駆け落ちだけに、 母には祖父母たちの家に遊びに行くという子ども時代の思い出はなく (っていうか、思い出せないだけなのか、遠すぎたからなのか) はじめて聞く話に私は母を可愛がってくれたことを想像して 何だか嬉しくなりました。 その時代は生きるだけで大変だったと思うし、 私が想像できないほどの苦労と、 そしてささやかな幸せを感じながら生きてきた祖父母や曽祖父母たち。 ご先祖様のおかげで自分が今ここに生きていることを感じて涙がでました。 母からまたいろいろな昔話を聞いていこうと思います。

「わかる」の中立ワーク

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自分はわかっているという「わかる」の意味付けを考えました。 プラスの意味付けは、 ⊕ 安心する、ほっとする、疑問や不安が解消される、頭が整理される、すっきりする、面白くなる、わからないということがわかる、どちらでもいい(答えがなくていい)と思える、現実が見えてくる、新しい視点を持つ、視野が広くなる、わかると言わなくてもよくなる 中立は、ただ一つのわかるという事象です。 マイナスの意味付けは、 ⊖ すべてが分かった気になる、うぬぼれる、偏った見方、正解不正解を考える、わかることでそれ以上考えなくなる、決めつけや思い込み、表面的で終わる、安易、わからないままでいることに耐えられなくなる 一つわかり始めると関係のないことまで見えてきたり、 以前とは見ている世界も変わってきたりして わかる過程にはそういう面白さもあります。 (本来わかりたいと思っていたものが変わる) マイナスの意味付けとして一番強く感じるのは、早くわかってほっとしたいので、 そのままに寝かせておけない。 という衝動性の弊害が自分にはあるなと思いました。 それから、 わからないならば、「私はわかりませーん」って言っていいということ。 何とか答えようとしたり、わかったふりをしないように。 そうできないのは、 わからないことはかっこ悪いことだと思うパターンを選んでいるからなのだと思います。 いつ来ても好きな場所

カウンセリング体験(inやはぱーく)

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来月の カウンセリング体験 のお知らせです。 1時間って本当にあっという間ではありますが、 ご予約お待ちしておりまーす!  (onmnyn@gmail.com  ★ ←こちらからどうぞ) 昨日はもしかしたら、 体のことで今後やりたいことに制限がかかってくるのかもしれない。 という思いがよぎりましたが・・・ じゃあ、制限がかかっていなければ、 普段からやりたいことをやっているだろうか?と思いました。 あくまで制限って、 普段やるのがあたり前になっている「通常業務」についてです。 その通常業務はそんなに自分にとって大切なものなのかどうか。 したくてたまらないものなのか? どうありたいのかには、 それを選ぶという強い意思が必要だと感じます。 有言実行、即決即断がいいというのがサラリーマン的なパターンだとしたら、 臨機応変に焦らずに、じっくり考えて時を待つというのもあります。 どちらかに走りたがるのはパターン。 それをよく感じて、 自分のバランスを取っていけたらいいなと思いました。 誰がその選択を押しているのか? 今、何を感じている? どちらの問いかけもまだまだ意識的にやってみます。 堂々としているウミネコ