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頭のぐるぐる

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今日はなかなか頭のぐるぐるが止まりませんでした。 何度か、ストップ!黙りなさい!おーーーい! と言ってみるのですが、 すぐに頭が働いて気になっていることを考えてしまいます。 負のスパイラルに突入。 こんな時でもあきらめず、 なるべく上を向いて、 「そうだよね、あなたは今、怖いって思っているんだね」と、 それぞれの感情に意識を向けてみました。 相当な恐怖と不安があるのだから・・・ そうやっているうちに、ふと、 何とかしたいというパターンがいたことも感じました。 何とかならないパターンが嫌。 というパターンもいたのです。 パターンを許すということは、 パターンがいても気にならないということか? それとも、気になってもいいということを許すことだろうか。 うーん・・・ 気になってもならなくてもどっちでもいい。 っていうくらい、パターンを自由にさせてあげたいなあ パターンよ、ごめんなさい。 怖かったんだね、不安だったんだね。 もうゆっくりあなたを休ませてあげたい。

しっくりくる順番

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今日は起きてしまったことを、ああ~うう~と悔やんでいますが、 なるべくそのままの感情を感じてみます。 空を見て、上を向いて感じる。 緊張、不安、悔しさ、腹立たしさ。 心臓もばくばくしている。 これが今の状態なんだなあ そして・・・ どうしてそうなっているの? って、何のパターンなんだろうと考える(ここは考える、探す)。 順調にいってほしかったし、落ち度なくやりたかったし、 こんなにやっているのだから、そうできると思っていた。 つまり、●自分は正しい(正しくやっている) というパターンがいたから、 それをじゃましたものに対して緊張もしてくるし、 不安になるし無性に悔しくもなり、最後は腹が立ってくるのでした。 この、感情を感じるところからの~パターン探し。 この順番がとてもしっくりきます。

微妙な感情

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慣れというのは、 いろんなところでパターンを喜ばせているのではないかと思いました。 できているのか、できていないのかのこだわりの世界にいる時、 できたと認識することがあると、 パターンは調子に乗り、うぬぼれ、おごり高ぶる。 単なる「慣れ」がいつしか、自分はできるになっていた。 と気付かないのですね・・・ ただ、それを続けていたことで、 また長くそれをやるような状況があったからそうなったというのに。 特に仕事! ずっと同じような仕事をしてれば、 ある程度長く同じ会社にいれば、 誰だってそこに慣れてきて、それをしていない人よりは できるようになるってことあるでしょう。 それを能力があるとか、自分は特別だとか、評価が高いとか、 勘違いしてはいないだろうか。 一見ほめられてちょっとは嬉しかったりしても、 すっきりした爽やかな軽さとは違うので、 ああ、パターンが喜んでいるなあと分かる。 感謝があるかないかでも分かる。 よくよく自分を観察すれば、 本当は、ほめられても嬉しいという感情とは違っています。 モヤモヤ、羞恥心、不快感、息苦しさがある。 だとしたら、これは自分を特別扱いしたいプライドや、 がんばってきたというこれまた自分が一番というプライドか・・・ 微妙な感情もちゃんと感じていこう。 そして誰がそう思っているのか見ていこう。 東家さん 少し早いお昼なら空いてます~ 

慣れで対処する

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パターンを嫌うパターン。 今、何を感じている?と問うと、 疲れた、イライラする、腹がたつ、ちょっと悲しい。 という気持ちがありました。 母へ何度も繰り返して話したり、その話も全然かみ合わなかったり。 耳が遠いので大きな声でずっと話し続けることにもへとへとになってしまう。 そんな時に、出た感情。 母が認知症になってからちょいちょい顔を出してきたパターン。 語りかけをしているからここまで落ち着いてきた? いえいえ、日常でのやり取りの「慣れ」が自分を落ち着かせていたんだと思いました。 仕方ないよな~という頭での理解と、 そして毎日の慣れで対処できると、 そうしてきた自分がいたのだと分かりました。 このパターンを本当にはゆるしていなかったのです。 これは、今までずっと語ってきたパターンを嫌うパターンです。 母親にもうちょっと話を聞いて(わかって)ほしいと思う自分がいて、 そう思うことがなんだか全く成長していないと自覚させられるかのようで、 そこで湧くネガティブさも強烈です。 でも、ここも心臓を優先します。 今年はこのあたりのパターンにもしっかり語りかけをしていこう。 水辺に近づいていったら、藻で滑って転びました

いい感覚もキャッチしている

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この頃、朝に、自分がこれいいなあと、 心が軽~くなるようなことが書いてある文章を読んでいます。 小学生の音読の宿題のようですが、今、これにはまっています。 今朝は先日から続けている 「脳より心臓を優先させる」というもの。 読み込んでいくうちに、 今、何を感じている?の問いに対して 頭ではなく心臓に意識を向けるようにしています。 心臓はたいていドキドキしています。 そして、緊張、不安、イライラといった感情のどれかを感じとっていることが多い。 でも今日は少し違う感覚もありました。 宮古へ向かう途中、盛岡よりずっと暖かい空気に春を感じ、 ほんわかした気持ちになったのです。 さらに太平洋を見ては、本当に気持ちがよく、 すがすがしさと落ち着きも広がっていきました。 ネガティブな感情だけでなく、 白の部屋に入ったときのような心の軽さも感じられた。 その感覚を味わえたことが良かったです。 そうかー、どの感覚も察知している「私」(自分自身)がいる。 黒パターンだけでなく白パターンの心の動きも観察している。 どっちの感情・感覚もキャッチしながら、 どっちがいいという評価もせずに 静かに見ている「私」がいるんだなと思いました。 ・・・もちろん、いつどんな時も、 黙って静かに見ていられる「私」に育っているわけではないですが、 それでも少しずつ、毎日、何を感じているのか? ここは大切にやっていこうと思います。 久々の海だーーー!