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この「快」は何?

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夢を見ました。 内容はちょっとあまりにも変なので 詳しくは言えませんが~ (だいたい夢って変ですよね) 「快」か「不快」かで言えば「快」なのです。 自分がこれからそうなるだろうと予感していることが、 もうそろそろ実現すると感じているのだけど、 それを表に出さないように(嬉しそうにしないように) 我慢しているというものです。 なんかあくまで平気を装っているような、 そんな感じ・・・ その「快」を感じて余韻にひたって目が覚めたんですがー、 あれ? これってパターンじゃないだろうか・・・ 夢がどんどん消えていくので、 何が自分の中に起こっていたのか思い出そうとしました。 それで感じたことは、 「快」はパターンが心地よいと感じているものじゃないか?って。 疑問が湧いた途端に、 なんか・・・ぞーーーっとしました。 つづく 昼休み中のお散歩

日常でやること

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私とパターンを分離させること。 自分「私」に嘘をつかないこと。 一致性を整えていくこと。 これらはどれも言っていることは同じです。 そしてどれも普段頭ではわかっているはずでしたが、 本当にはわかっていないから、 自分はダメだと思い苦しむのだと思いました。 かといって、苦しみたくないから語りかけをするということでもなく、 このあたりにむずかしさを感じています・・・。 っていうのも違って、 「自分にはむずかしい、とパターンが言っている。」と言おう! 日常の中にこそ私とパターンの分離を意識し、 私に嘘をつかないでいきたい。 嘘をつくとざわざわしてくるからすぐに分かります。 一致性がないことに違和感を感じられる自分になってきているのだから、 ちゃんと嘘をつかずに生きていきたいです。 仕事中も心でつぶやいてみよう。 日常にそこを沁み込ませていこう。 かぼちゃのスープ美味しかった♪

私とパターンを分離させる

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この1か月のノートを見返してみると、 似たようなパターンだけど、主語が違っていたり言い方が違っていたりするだけで、 中身は同じなんじゃない?と思うようなものがありました。 それら中身が同じものは1つのパターンにまとめられ、 他にももしかしたら1つにまとめられるものがあるかもしれませんが、 とりあえず気づいたところから語りかけをしています。 あと、プラス2個の大御所のパターンにも・・・。 それからほぼ毎日語った方がいいなと思うパターンも、 1~2個ありまして、合計5つほど語りかけをするという、 今までしたことのないパターンたちを集中してケアしてみました。 それを語るのがパターンにならないように気をつけながら、 空を見あげて、クールな感じに、 でもパターンを必ずや守りますという宣言をして。 私ではないパターン。 今日もパターンが騒いだときに、 あ、これってパターンなんだな、私とは違うんだなと、 じっくり分離を感じるようにしていきます。

守破離の「守」

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魂の道場 、2日間を終えました。 4か月ぶりの道場ということと、 ゲストのMさんのパワフルな個性にも刺激を受け、 すごく真剣なんだけれど、アフターでは笑いが止まらなくなるという、 とてもいい時間が過ぎました。 ありがとうございました。 昨日は、「守破離」という言葉を思い出しました。 守破離の「守」は、 修業に際して、まずは師匠から教わった型を徹底的に守るところから始まります。 型を正しく学んではじめて、 良し悪しの判断基準を得ることができるというもの。 そして「破」は、 その教えに従って修業を積みさらなる研究により 自分に合った型を模索することで既存の型を破ることができるようになります。 最後の「離」は、 さらに修業を重ね、師匠の型と自分自身で見いだした型の双方に精通し、 いわば型から離れで自在となることができ、 新たなものが生まれるということだそうです。 (Wikipediaより) それで・・・ 自分は「守」の段階にいるということを忘れてはいけないと思いました。 ワーク1つとっても、ちゃんとわかっていないのに、 わかっているとパターンは思いこみ、教えとは違うことをやっていたんだなあと。 そのことにすら気づいていないほど、 基本を守ることへの忠実さが甘かったと思いました。 15年やってきて今気づいた。 がーーーん。 しかし、この時点からでも軌道修正ができます。 (もっと早く気づくべきだった~だから成長しないんだよ~とパターンは言っている) まず、言われた通りにやる。 これは師匠との約束として守っていきます。 やっぱりここ落ち着く~

加えずに削ぐ

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魂の道場 1日目が終わり、 たくさんの気づきがあった中でも、 「削ぐ」という言葉が今朝になっても心に響いています。 削ぐ、減らす、やめる、捨てる、手放す、引くといったこと。 今、苦しさを感じているものには何かが足りないと、 足りないもの、欠けているものを加えようと考えてしまうのですが、 そうではないこともあると教わりました。 (しかも、こっちの方が苦手かもー) この数か月をふりかえって、 あのことかな、このことかなと 苦しい、つらい、腹が立つ、悔しい、疲れた・・・ といったネガティブな感情がわいたことを思い出し、 何が余計だったのか、そぎ落とすものは何だったのか。 それとも、これからじっくり考えていくこと、 感じてわかることなのかなと思いました。 違和感があったときにそれを思い出していきたいです。 2日目もまっさらになって感じていきます! 先生の古希のお祝い IN盛岡