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老いていくままに

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梅雨明けしてから、快晴の空と爽やかな風を感じています。 すでにその風は、お盆に吹くような涼しさです。 熊本の方々にこの涼しい風を少しでも届けられたらと思いますが・・・ 一日も早くライフラインが通り、 夜だけでも休まれる状態になりますようにと祈っています。 今朝はお盆が近いためか、 両親の実家がある田舎の夢を見ました。 小学生の頃、お盆と言えばよく泊まりに行った親戚の家があります。 小さかった自分には、 その家に泊まるということがとてもうれしくて、 子どもながらにここは入っちゃいけないんだろうなあ って思うような部屋をのぞいてみたり、 伯母がやっていた美容室が居間のとなりにあって、 そこを何度も行き来するのが楽しかったのです。 家族みんなが寝る部屋も、 横一列に4人分の布団が敷いていて、 思う存分ごろごろ転がったり、 お盆で来ているいとこを誘って布団で秘密基地を作ったり。 親戚のおじさんおばさんたくさんいて、 大勢の食事の準備を手伝うのも楽しかった。 夢の中では、まだその家には到着していません。 向かう車の中でわくわくしながら何かおしゃべりしているところ。 運転している父へ何か話しかけたり、 兄とバカ騒ぎして笑っているのですが、 そこに母だけが今のままの母でした。 母は耳が遠いためにみんなの会話に入ることはなく(ここだけ現実) 後部座席でひとり車窓から外を見ていました。 自分一人はしゃいでいたけれど、 母をひとりぼっちにしてしまったと少し悲しい気持ちになって、 母に「お母さん、今の話はね~」って 話しかけようとしたところで目が覚めました。 母はこの数年で体重もかなり減って歩くのもやっと。 耳は聞こえず、目も見えなくなり、 先日は入れ歯が真っ二つに割れて大騒ぎしたりと(これは笑った)、 日々、自分の体が衰えていくことを実感していく日々ではないかと思います。 このことが、かわいそうだな、悲しいな。 と思う自分がいたことを夢をみて思いました。 母も一緒に楽しんでほしいと思うけれど、 母には母の事情もある・・・ 自分の気持ちは自分でケアができるという考えのもと、 自分は大丈夫だけど、母は大丈夫じゃない。 というのは違う。 私は母の老いていくままに見守っていけたらいいなと思いました。 野菜は自家製!

疲れた日のパターン

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昨日は疲れて早々に寝ました。 今、朝5時でブログを書こうと思ったけれど、 その前に振り返りをしました。 (今年の目標に「毎日、一日の振り返りの時間をつくる」というものがあるから~) 自分はいつも誰かと比べて劣っている、というパターンの その誰かに名前を入れる。 以前も似たようなパターンがあったなと考えると、 大波ではないけれど、小波がゆれているのを感じます。 波は、いつもゆらゆらとゆれていて、 凪になるのはわずかな時間だけ。 その凪の状態というのは、とても静かで、無感情で、何もないような、 それが自分にとっての本当の心地よさでもあるんだなあと思います。 そして、パターンがあると波が荒れ・・・ やはり苦しいし、嫌だなって思うし、イラ立つし、落ち込むこともある。 そういうパターンが出てくることが嫌だと思うパターンもいる。 そこをスルーして、 パターンで語りかけをしていることもあるのだと思う。 ●パターンに出てきてほしくない というパターンへの語りかけ。 体が疲れているとき(昨日のように)特に出てくるように思う。 なぜならば~、 こんなときにパターンに出てこられると、 ちゃんとケアしなきゃって思うし、 でも今日はちょっとできないなって思うと それはそれで放っておかれたままのパターンが気になって 本当には休まっていない気もするし・・・ だから、パターンに出てきてほしくないんだな。 なぜならば~の部分を声に出して読むと、 なんだかこれだけでほっとする感じがありました。 「私」はそうは思っていないけどね、でさらに、すんっとなる。 疲れたときは、このパターンへの語りかけがしっくりきます。 久しぶりの夕焼け

ダイレクトにそのままに

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●自分は他人より劣っている というパターンの語りかけ。 ふと思ったのは、 いつも何事かに対して、他人と比べる思考が習慣になっていて 常に自分はその人と比べて〇〇が劣っているな、 その人の〇〇には及ばないな、と感じているのだと思います。 対象者があってのこのパターン。 なんですがー、 それがいつしか「他人と比べて」の部分が省略されて 「自分は劣っている」と言っている時があるように思いました。 自分一人の存在で見ていけば、 自分自身という人間が劣っているかと言えば・・・何がどう劣っているんだろう。 って、パッと答えが出てこない感じがあります。 やはり、比較があるというところがこのパターンが騒ぐ理由ではないか。 そもそも「劣る」というのは、 昔の自分に比べて体力が劣ってきたとか、 若い時のような情熱がちょっと衰えてきたとか、 そういうことはあるかもしれませんが、 人として優劣をつけることって、 自分一人だけを見ればそんなふうには思っていないような気がしました。 だから、今日は少し言葉を変えて、 ●自分はいつも誰かと比べて劣っている という比較したがるパターンを受け止め語りかけをしてみました。 なぜならば~のところは、 より具体的な対象者に対して感じていることが ダイレクトに伝わってきた気がします。 ありのままで、 パターンの思っていることを変えずに(きれいに整えずに) そのまんまをケアをしていくことも大切だと感じました。 木があるとちょっと涼しい

感情をすくいあげる

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羨ましいという感情がわいたパターンのケアをしていくと 気づいたことがありました。 この人大嫌いっていうパターンのケアをたくさんしてきた私。 それらを振り返ると、 怒り、イラ立ち、悔しさ、苦しさ、悲しみ、憎しみ、不快感の他に そうかあ、羨ましいという気持ちもあったなあ と思い出しました。 (っていうより、今気づいたかも・・・) その人と自分との比較で、 パターンが思う優れているとところを発見し反応していました。 その優れているとパターンが思っているところ。 じゃあ、そうなりたいの?と聞けば、 いやいや、あんなふうには絶対になりたくない!と言う。 だけど、どこかその人の能力とか外見的なものとか、 表面上現れている一般的に優れていると判断されるところを見て、 パターンはその領域の中での憧れなようなものを抱いていたのかもしれません。 なんていつも身勝手なんだろうと思っても、 ストレスなくていいだろうな~と どこか羨ましくパターンは思っていたのかもしれません。 でも、自分にはそういう能力というか器用さはない。 「私」はそうなりたいと思わないのだけど、 パターンとしてはちょっとそうなったら楽なんじゃないかって思っている。 パターンはとても小さな子どもなので、 表面的なわかりやすい部分には飛びつきやすい。 しかも、周囲がその人を否定すれば憧れることはないかもしれませんが、 褒められていたり評価されたりしているところを目撃してしまうと、 あんなふうに自分もなれたらいいなと感情が騒ぐ。 それがパターンというもの。 あなたをずっと一人ぼっちにさせてきて、本当にごめんね。 小さな感情もちゃんと感じていきたい。 緑がいっぱいの中庭

過去の意味付け

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他人を羨ましいと思うパターンは、 「私」ではなくパターンの考える素敵な人です。 パターンが考える頭のいい人、人とうまく関われる人、 地位があり成功している人、 おしゃれな人、マイペースな人、苦労がなさそうな人、 したいことをしていて楽しそうな人などなど。 どれもこれも、過去の意味付けのままで、 パターンは思っているんだと思います。 他人との比較って、 なにか時が止まっているかのように、 全てが更新されないものの中での話なのでしょうね。 息苦しく狭い領域の中に住みつづけている・・・そんな感じがします。 これら全部、また新しく言葉の意味や捉え方を考えてみたいな。 でもまずは、 羨ましいと思ったパターンの気持ちを今は大切にしよう。 それから意味付けを考えてみます。 入り口は低めの天井 ちょっとどきどきします