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休息しよう

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もう30度の夏の暑さは去っていったようです。 イワシ雲らしきものも出ていたので、 今年の秋はいつもより少し早く来ているのかな。 今日は風邪っぽい症状があって、 力が出ず、弱々しく大人しく一日を過ごしました。 明日に伸ばせるものは伸ばし、 何事も根詰めないようにして体力を温存させました。 以前は太りたくても太れず、 痩せすぎて体力が全然ない時期も長くあり、 いつも体が冷えていました。 1年中風邪をひいているかのように寝込むことが多かった。 でも、今は体も厚みが出たためか体温も上がり、 手足が冷たいということもなくなり、 体質はほんの10年前と比べても劇的な変化です。 ただ、風邪をひかなくなった代わりに、 無理をしてしまう傾向があるので、 キャパオーバーしないと体を労わないということではなく、 そうなる前に早めに休むようにしたいです。 みなさんも季節の変わり目は気をつけてくださいね。 ということで・・・今夜は早く寝ます。 焼きサバの炊き込みご飯

幸せに包まれながら

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千住真理子さんのヴァイオリンコンサートに行ってきました。 東日本大震災をきっかけに毎年岩手に来てくださっていて、 会場の人たちへ話しかけるような親しみのあるトークと、音楽を愛し敬い魂で演奏している姿が本当に素敵でした。 どんな作曲家が作ったものなのか、 込められたストーリーやそれを弾くときの千住さんの思いなど、 一つ一つ全ての曲への紹介がありました。 (素人には嬉しい曲紹介) ある曲はピアノが非常に難しく、伴奏者の丸山滋さんでないとコンサートで弾くことができない貴重な曲なんですよというお話もあり、 たしかに、脇役でありながら主役級の素晴らしさを感じるピアノです。 あのストラディヴァリウスの音を最大限に引き出すため、 千住さんは看護士のように毎日ヴァイオリン管理に付き添い、 そして、朝早くからホールの環境設定を万全にしてくれたスタッフの方々がいて、 今日の日を迎えることができたと話していました。 まさにヴァイオリンに命が吹きこまれたかのように喜びに満ち溢れた響きでした。 目を閉じて聞くと、 なぜだか今まで忘れかけていた家族との何気ない出来事が思いだされ、 私もたくさんの人に支えられて生きてきたこと、 そしてずっと幸せだったこと、 生かされてきたことを感じ涙が止まらなくなってしまいました。 今日はこれからクラスの勉強会です。 幸せに包まれながら行ってきます。

やや得意なこと

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昨日の日記にも書いたように、 私は普段から何かを忘れたり失くしたり、 壊したりということが結構な頻度であります。 注意欠如に多動もあってか、 ますます不注意が起きやすい動きをしているのだと思います。 (とパターンは言っている) なんですがー、 失くし物については、見つけるのがまあまあ得意だったりします。 すぐに見つかるということではないけど、 先日も誰も探さないような場所から見つけ、 やはり、探す際のコツみたいなものがあるなと確信した気がしました。 口に出して言ってしまうと、 なんだそんなことかというものですが・・・ まずは、 心あたりのところから、絶対ここにはないというところまでくまなく探していく。 くまなく見る、です。 そしてもし、それが無いとどうなるのか最悪の事態を考える。 その最悪を実行するかのごとく行動する。 そして、探し物が得意なご先祖様に、 どうかそのお力を私にも分けてくださいと背中を押してもらう。 それをやっての翌日または数日後、ずっとここで待ってましたよ〜 という感じで出てくることが本当に多いのでした。 なんて言ってて、見つからないものもありますし、 そもそも、 失くさないようにはじめから意識的に気をつければいいのでしょうが なかなかそこが難しいと、パターンは言っている。 結局、見つかったときは見つかった方がいいということだし、 見つからないときは見つからない方がいいということだと信じています。 和でも洋でもない朝食

きっと何とかなる

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車で約束の場所へ行く途中、 自分の準備不足で、はっきりした場所も、 その相手の方の名前もどうしても思い出せないということがありました。 (なぜか確かめずに向かっている) 場所は大体あのあたり・・・という感じで、 途中、スマホで調べてみたのですがはっきりした場所が出てこない。 ここかなとは思うけれど、入口や駐車場はどこなのか。 とにかく、あのあたりへまず行こうと思い走っていました。 雨で道も混んでいて、 もしかしたら遅れるかもしれないと焦ってきます。 そして、遅れることを連絡しようにも、 約束の相手の方の名前が思い出せないので伝えられない・・・ 手帳に内容は書いてあるけど、名前だけがどこを探してもない。 ああもう、どうしよう。 緊張、イラ立ち、焦り、不安、胸が苦しくなりました。 結局、スマホの名刺アプリに入っていたのを見つけたときは、 本当に安堵しました(自分で入れたんですね)。 おかげで時間も場所も何とかなり、事なき事を得て帰りました。 こういう時、本当に自分の準備の悪さを反省します。 次は必ず出る前に確認しようと誓う。 と同時に、 何とかなる(なってきた)という経験が、 これまでどれだけ積み重ねられてきたことか・・・と思いました。 ラッキーだった。だから、懲りない。 必ず最後はどうにかなると信じている。 こういうことに関しての自信って、我ながらすごいなと思います。 これも、 「根拠はないけれど、私はやっていかれる・・・」 というものなんだろうか。

慣れていきたいこと

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ふいにやっている、今、何感じている?は、 疎外感、腹立つーーーっていう気持ちがありました。 もうはっきりとしたパターンなので、 こういうパターンを選ばないというのはどういうことだろうか。 ●自分が中心にいたい というパターンからくるものだと思うので、 真逆を考えると、○自分が中心にいなくていい、になります。 自分が中心にいなくていい。 ということは一体どういうことなんだろう? もう自分が輪の中にいなくても、 誰も話しかけてこなくても、 まったく相手にされない、完全無視状態だったとしても、 それでも「私」はいいということになります。 でもそこを選択するには極端すぎて・・・ じゃあ、現実的にやってみたいことは何だろうか。 ワークをやってみて今思うそれは、 中心にいない状態にもっと慣れていきたい、というものです。 慣れたら何とかなるだろうということではなく、 そういう今までやってこなかったことをやってみたいなと思いました。 ずぶ濡れの後の、夕焼け