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老化は進化

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昨年の後半あたりから頭痛に悩まされてきたのですが、 CTを撮ったときに副鼻腔炎っぽいのが発見されて、 それから耳鼻科に行くようになりました。 なんと、副鼻腔炎とポリープがあるというので、 数か月前から薬で様子をみています。 耳鼻科の先生に、結構(ポリープ)デカいから、これだとあまり匂いしてないんじゃない?と言われ、 そう言われてみれば、悪臭もいい匂いもどっちにも鈍感でした。 それで思い出しのが、 認知症の方ってたいていがこの匂いに鈍感(だと思う)。 鼻だけでなく耳も遠いことによって 認知症が進むことは実証されているようです。 そして、鼻、耳、だけでなく、 味覚もちょっと変わる感じがするし(ある意味何でも食べれたり食べれなかったり)、 暑さや寒さにもにぶくなって冬なのに薄着をしたり、 夏なのに冬物の下着を履いていたり、温度感覚もにぶくなるよう。 目だって、老眼はもとより白内障とか緑内障とか、 私の母も、夜はほとんど見えないということで夕方からの外出はとても不安がります。 そんなふうに五感を使うこと、 これからもずっと使えることが あたり前のように思っていたんだと思いました。 この五感を動かし機能させているのは、自分ではないし、 科学でもなく、宇宙とか神とか天の意思とか、 自分たちの目に見えるものではないところの存在に 動かしていただいているとしか思えません。 それが、にぶくなる、異変が起こる、機能しなくなっていくというのは、 なんとなくその役目にも限界があるということを感じるし、 もう充分に労わっていこうという合図でもあるし、 肉体が永遠ではない、命が永遠ではないということを思いました。 って、私のこの頭痛はというと、 今は耳鼻科で治療するようになって少しずつ痛みが起こる回数が減ってきて、 お薬だけでなく、ゆる~くストレッチをしたり、 全身にハリをしてみたり、光線機治療してみたり、 朝晩のスマホをやめて目を休めたり・・・ まあなんといろいろなことを楽しみながらやっていることが 体も気楽でいいのかなと思う。 そういえば、 老化(老い)というものをキョンキョン(小泉今日子さん)が、 「進化」って言っていました! 自分が生きてきたことや見てきたことを、 そういうものをちゃんとまとって、力強いおばあちゃんになりたい。 とも語っていたなあ 老いにもどうありたいか?なんだなあ サ...

パターンがさわぐことが嫌

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やはり・・・パターンが騒がないと、 何だかほっとしている自分がいました。 っていうのもパターンです。 ●パターンに大人しくしてほしい、とか、 ●パターンがさわぐことが嫌、とか言っているパターンです。 パターンがさわがないということが平和で、自分が成長した証拠で、 さわがないということが穏やかに自分らしく生きられると思っています。 だから、さわぎ出すと苦痛で、 成長していないと責め、 そして、これでは伸び伸びとした自分ではいられない、 って信じているのだと思いました。 パターンはそんな考え方をする自分自身を許せないし、 そんな自分ではないとも思いたいのだ。 よく、先生から言われる、 これは驕り(おごり)なんだと思う。 そんな自分ではないという、 自分は分かっているという驕り。

どんな人生も楽しみたい

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パターンを何とかしたい。 つまり早くこの苦しさから逃れたい、っていうパターンがありました。 苦しいのは嫌、ネガティブでずーっといるのは嫌、 もやもやすっきりしないのは嫌だとパターンは言っています。 パターンって、本当にいつもいつもいつも、 自分の思う通りの状態にしたいと思っているんだなあ そんな時、そのパターンを否定するパターンもいて、 いやいや自分の思い通りにしたいなんて思っていませんよと、  だいたいでいいですよ、そのだいたいという譲歩した感じもパターンのわがまま。 全く自分が意図したものではなくても、 それがまあまあ受け入れられるものであればいいとか言って、 結局は少しでも思い通りであってほしいという気持ちがある。 どこまでいっても、パターンって望みを言ってくるんだと思いました。 そういうパターンもあるがままに許すというと、 自分勝手に好き勝手に生きていいみたいに聞こえてしまいますが、 そのまま続行させていいという許しではなく、 そう感じるパターンの存在を自由にし、見守る「私」でありたいです。 どんなふうに感じてもいいのだと。 これは思い通りだとかこれは思い通りじゃないとか、 そういう世界ではなく、 どんな人生も楽しめる、そんな自分でありたい。 そういうこと・・・なのかな? 藤田嗣治さんのネコだった!

頭のぐるぐる

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今日はなかなか頭のぐるぐるが止まりませんでした。 何度か、ストップ!黙りなさい!おーーーい! と言ってみるのですが、 すぐに頭が働いて気になっていることを考えてしまいます。 負のスパイラルに突入。 こんな時でもあきらめず、 なるべく上を向いて、 「そうだよね、あなたは今、怖いって思っているんだね」と、 それぞれの感情に意識を向けてみました。 相当な恐怖と不安があるのだから・・・ そうやっているうちに、ふと、 何とかしたいというパターンがいたことも感じました。 何とかならないパターンが嫌。 というパターンもいたのです。 パターンを許すということは、 パターンがいても気にならないということか? それとも、気になってもいいということを許すことだろうか。 うーん・・・ 気になってもならなくてもどっちでもいい。 っていうくらい、パターンを自由にさせてあげたいなあ パターンよ、ごめんなさい。 怖かったんだね、不安だったんだね。 もうゆっくりあなたを休ませてあげたい。

しっくりくる順番

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今日は起きてしまったことを、ああ~うう~と悔やんでいますが、 なるべくそのままの感情を感じてみます。 空を見て、上を向いて感じる。 緊張、不安、悔しさ、腹立たしさ。 心臓もばくばくしている。 これが今の状態なんだなあ そして・・・ どうしてそうなっているの? って、何のパターンなんだろうと考える(ここは考える、探す)。 順調にいってほしかったし、落ち度なくやりたかったし、 こんなにやっているのだから、そうできると思っていた。 つまり、●自分は正しい(正しくやっている) というパターンがいたから、 それをじゃましたものに対して緊張もしてくるし、 不安になるし無性に悔しくもなり、最後は腹が立ってくるのでした。 この、感情を感じるところからの~パターン探し。 この順番がとてもしっくりきます。