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海は広かった!

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  海は広いな大きいな~♪ スカッと目の前に広がる青い色に、 深呼吸をたくさんしました。 浄土ヶ浜の澄んだ水を見ていると、 まったく何も悩みも不快感もなく、 ただただ地球の美しさに浸りました。 やっぱり海はいいなあ 宮古名物「いかせんべい」を買い、 川井名物の紫蘇をつかったビールも買いました。 自宅には宮古の塩をつかったプリンも! 帰宅後も、目を閉じるとすぐに潮風を感じ、 揺れる水面、広い地平線を思い出します。 なんかこんなに感動する自分であったとは・・・ それだけ自然から遠ざかっていた日常だったのかもしれません。 毎日の自分へのご褒美をもらいました。

秋のお楽しみ

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日が暮れるのが早くなりました。 実家の2階の窓から岩手山が見えるのですが、 久しぶりにここからの夕暮れの岩手山の景色を見ました。 写真を撮ると、あまり夕暮れっぽくないのですが、 すごくきれいで懐かしい気持ちになります。 秋になった実感があると次は長~い冬がやってくる。 すぐに寒さを連想しては身構えてしまいますが、 短い秋をゆっくり味わおうと思います。 明日は、事業所の利用者さんと海を見に行ってきます。 顔なじみのメンバーだけでなく、 他の事業所から来てくれる方、 就職した後もときどき顔を出してくれる方など、 一緒に同じ時間を過ごし海を見る・・・というのも縁ですね。 暑い夏をさけて、 あえてこのちょうど良い季節に計画しました! ロングドライブになるけど安全運転で、 海鮮丼も待っているよ~ 宮古の海を楽しみたいです!

わかってもらいたい、は違う

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毎日、誰かしらの話を聴くという時間があります。 そういう時間は好きなのですが、 話すより、聴くことの方が本当はむずかしいなと思います。 でも少しずつですが、 ずっと聴き続けると、 何かその話の一番大事な部分を感じられるようになったり、 その方が一番言いたいこと、思っていることが見えてきたりして、 そのときは素直にうれしいなと感じます。 はじめはわからなかったけれど、 ちょっと何かわかってきたとき、 自分と相手との間の壁がちょっと薄まる感覚がします。 うれしいなという感覚は、 逆を言えば、わからないままにし続けるのはちょっと嫌なんだと思う。 わからないまま話をずーっと聴いていたり、 話している内容は理解できるけれどそうする理由が理解できなかったり。 事態が進まないままというのは、 その結果のいい悪いに関係なく、すっきりしなくて嫌でした。 それがちょっとずつ、 今はそんなに嫌ではなくなっている・・・かも・・・と思いました。 以前カウンセリングの先生から、 自分をわかってもらおう、というのは違うのよ! と言われたことを思い出します。 「無理なこと」ではなく、 「違うのよ」と言われたことが印象に残りました。 それでも時々出てくる、 わかってもらいたいパターン。 そして今は、わかりたいパターン。 どちらのパターンが出てきても、 あ、なんかこれって(今の自分がやっていることって) 何か間違っているかも~と教えてもらえる気がします。 蟻さんのリネンって好きだー

今自分がいる場所

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どうありたいか? これは常に意識をそこに向け、 自分にとってとてもとても大事なことなんだと捉えていないと、 無意識でパターンでやってしまうことがある。 やってしまってから、 あ、これを選びたいんじゃなかったと気づく。 それくらいまだまだ、 パターンで行動した方が自分にとっては自然だということ。 その気づきを何回も繰り返して、 どうありたいか?というより、 こうはありたくないというものが見えてくる気がしました。 (と、見えてた気がしたけど、見えてなかった) パターンで行動して後悔しているというより、 選ぶという意思がなかったことに、 もやもや感、不快感、むなしさを感じます。 パターンはパターンのままでいいから。 今回は、わかってほしいというパターンでした。 パターンだと気づいていても、 心の奥ではちょっとくらいはわかってほしくて、 余計なことをパターンが言ってしまいました。 どうありたいのかを選ばなかった自分。 そうやって今の自分がいる場所を理解していこう。 みかんジュースが美味しく感じる

人間関係から学ぶこと

人間関係から学べることの1つに、 自分が今どんな状態であるのかを知るということがあると思います。 道場での学びでいうと、 自分はどんなパターンを持っているのかということなんですが、 どんなパターンを持って生きていても、 パターンにいい悪いはないのです。 ただ、パターンを使い慣れているために それではない、本当の「私」を感じられていないということが 問題なのだと思う。 (問題という言葉以外にしっくりくる言葉が見つからなかった・・・) このパターンで自分は行動しているんだなとか、 このパターンについ引っ張られてしまうんだなとか、 このパターンで自分は自分を満たしてもらっているんだなとか・・・ 自分の思考癖(パターン)をちゃんと認識していくというは大事。 でも、大抵は自分を守るために、 自分ってこういう性格だから~と、 本来の「私」ではないパターンで実は生きていることに なかなか気づけないのだと思います。 なぜなら、パターンで生きていると、 自分のすることに否定的な人や、苦手な人、嫌いな人、 そういう人との関係性は築かないようにする気がします。 (もちろん、無理に付き合う必要はないけれど) また、本当に自分を省みるということは、 はじめはとても苦しさを伴うので、 自分を褒める人、認める人、楽しく付き合える人、 または一緒にいて何の害もなく安心できる人との関係性から、 自分を知ろうとする方が圧倒的に多いのだと思う。 その方が「良い自分」だけを見れるし、気分もよく、そして楽になるから。 でも実際は、 そこからは本当の自分を知ることはできない。 となると~、 人間関係を築きにくい人たちというのは、 自分を知るための(その目的にとっては) 一番ドンピシャな相手でもあるということになります。 教えを乞うにはこれ以上ない相手。 苦痛な人間関係とネガティブな感情から得られているものって、 本当はそういう大事なことが隠されているんだなあ。