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ただ、やる

おはようございます! 昨日は沖縄から来たYさんや、 久しぶりに会うWさんがいて、 懐かしい(うれし〜〜い)だけではなく、 みんなそれぞれの場所でがんばっていたことを思いました。 自分は、他人より劣っているという このパターンで話を聞かないように意識しての参加でしたがー、 パターン自体は反応しまくっていました。 みんなどうしてこんなに理路整然と話せるんだろうとか、 自分のやるべきことを分かっていてすごいなあとか、 こんなに深く自分を見れているんだなあとか。 感情としては驚き、うらやましさ、 悔しさ、寂しさ、不安、緊張感なども感じていました。 今までたくさん学んでやってきたことを 自発的に使っていく。 先生からの言葉を聞いて、 あらためて本当にその通りだと思ったし、 反応してなんぼのパターンたちでいいのだと思いました。 自分のレベルも再確認した一日。 でもそういうレベルにいても、出来ることをやる。ただやる。 今日も一日よろしくお願い致します!

明日は晴れますように

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明日から茅ヶ崎です。 明日の朝に準備しても間に合うほど荷物も最小限で、 我ながらもう慣れたものだなあと思います。 なんて言ってても、 結構な頻度で忘れるのがお金。 大体忘れものって、盛岡にいてもお金なんですね(なんでーーー!)。 今回はこうして今書いているくらいなので忘れないと思います。 私は一人でホテルに泊まるのが好きなので、 旅行はもちろん、出張でさえもたまらなくわくわくします。 ましてや茅ヶ崎ですから・・・ ただ、今回はいつもより緊張しています。 毎回セミナーの後に、 今回も全然わかっていなかった~ということが分かった。 という感想を、おそらく自分は持つような気がするのですが、 その「分からなさ度合い」がどんだけのものなのか・・・ 少し不安にパターンは思っています。 がしかし、 他人と比較するパターンはもう選びません。 そこには恐れず、むしろ飛び込み、 たとえ、【他人と比較するパターン】や【自分は正しいのパターン】 【自分は特別で一番だのパターン】や【自分は劣っているのパターン】など、 その他いろいろパターンを嫌うパターンとか出てきたとしても 即座に、 「私」はそうは思っていないけどねと心の中で言います。 そして、話をする際は「・・・ってパターンは思っています」と。 で、ときどきは、今、何感じている?と、 感情をキャッチしていこうと思います。 やることいっぱいだな。 宮古のさとう衣料店 このセンスが好き!

正直と嘘つき

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今日、自分が話しながら、 あ・・・今、自分は嘘をついた・・・と思ったことがありました。 そのとき、何を感じていたかといえば、 苦しさ、不快感、後悔する気持ちです。 嘘をつきながら、自分が嘘をついているとはっきりと自覚した。 こうやって自覚できるものなんだと、 それにもちょっと驚きました。 正直さとは、嘘をつかないこと・・・だけではないのかも。 嘘をついたことをその場で自覚し認められたことも もしかすると正直だったと言えるのかもしれない。 感情をキャッチするセンサーが働いていたということで 良かったのかもしれない。 今朝の収穫~~

パターンが理想とするところの正しさと人間性

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初めて心のカラクリを企業研修で取り入れたとき、 一言でいうと、あれはカラクリならぬ、 空振り又は空回りだった(とパターンは認識している)。 ものすごい緊張と、頭も真っ白になりながら、 必死でやっていた気がします。 はりきって変な自己紹介もしたりして・・・ 思い出すだけで顔から火が出る(とパターンは思っている)。 と、過去形の話ではなくー、 人前で話すことは今でも緊張はしますし、 むずかしいことを質問されたらどうしようとか、 ちゃんと「それはわかりません」と言えるだろうかとか、 そこも不安に思うパターンがいるのでした。 自分が話した内容を納得してもらいたいとパターンが思うのは、 それだけ、自分が言うこと説明すること、 自分が正しいということを証明したいからなんだと思う。 証明できれば安心し、できなければどうしたらいいのかわからない・・・ ってこれもパターンが思っているのだ。 それにプラスして、 自分がいかにそこの社員の方々と誠実に向き合えるか。 自分自身がまずは楽しめるか。 ここを求めるパターンもいる気がしたし、 そのパターンの求めているのは精神性のようでいて、そうじゃない、 まだまだ表面的な部分ではないかと。 どっちもパターンが思うところの正しさと、 パターンが理想とする人間性。 今回は、今までと違ってこんなふうな自分への変化を感じました。 中ノ橋通  北田屋さんでは 、ととろ蕎麦以外食べません なぜならば~日本一うまいから!

いつでも自分が正しいと思っている

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自分が正しいというパターンがあることは自覚をしているのに、 そのパターンだったとすぐには気付かないことがあります。 相手が状況に合わない言動をしていると、 なんでそういう行動になるんだろうってイライラしたり。 自分のやり方ではないやり方でされると、 そうじゃないでしょうってムッとしたり。 相手に反応がないと、わからせたくてさらに話してみたり。 (反応がないのはまだわかってないんだなーとパターンが思うから) というようなとき、 自分が正しいというパターンがそうさせている。 でも、そこにすぐに直結しないため、 あんな言い方されたくなかったとか、 あんな態度はないでしょうと、 相手の問題だと思う癖が抜けないのだと思いました。 どこかこれは相手の問題もあるでしょうって思いつつ、 でもイライラしているのは自分だから、 そこの部分はパターンを理解せねばとケアをしている気がしました。 この怒りは、 どこのパターンにつながっているのか? 根っこを見ると、パターンが思う正しさにすべてつながっていたのかも。 ケアをするのに自分の内ではなく外を見ている。 つまりパターンよりでやっていたってことがあります。 「正しさ」というパターンが思う絶対的なものは、 引っかかるときは何かもっと、 大きな感情に飲みこまれそうになるときだというのも、 無意識にあったかもしれません。 でももっと身近で吹けば飛ぶような小さなことにも隠れている。 自分は正しいとパターンは思っているから、 ちょっとしたことで、 そうじゃないでしょうってなことになるんだなあと。 いつでも自分が正しいとパターンは思っているってことか~~ お庭のあじさい、今年は咲いてくれたよ~~