たましいのどうじょう
昔、「魂の道場」で学んでいることを聞かれたら何と説明するのか? ということを考えたことがありました。 そのとき、本当に何と言ったらいいのかわからず、 自分を知るための方法を実践することだったり、 全て自分の中に答えを見いだしていくものだったり、 確かにそうなんだけれど、 もっとスキルやノウハウではない表現はないものだろうかと考えました。 「道場」という言い方もなんか古くて固くて(先生すみません)、 しかも「魂」が付くと、ちょっとなんか怪しくないですか?とたぶん思う人もいる。 でも今や、 若い人たちに絶大な人気をほこるミュージシャンでさえ、 ごく自然に「魂」という言葉を使ってファンに語りかけ音楽を表現する時代なのです。 なのに、カウンセリングや、自分を知る方法の中で、 「魂」という言葉が入ると、 受け入れ難くなってしまうのはどうしてなのだろうって思う。 魂が肉体を持って生まれてきて、 肉体を使って自分の課題に挑戦していくためにこの世があるとすれば、 その挑戦は、自分とは何かを知ることでもあり、 その自分というのは愛のかたまりであり、 人も花も動物たちも地球もすべてそうであることを知るために、 自分だけの課題(人生のテーマ)があたえられていると思うのです。 自分はつくづく出来が悪いため、 そういう学びを通して自分を知る練習を時間をかけてやっているのだと思います。 人がうらやむような幸せを望むならば方法はたくさんあるし、 自己理解の方法だっていろいろあふれています。 でも、自分はこれだった。 一歩進んで二歩下がるような道。 根拠などなく、私=魂だけがいいと感じられるもの。 それが道場の教えにはあるんだなと思っています。