「わかる」の中立ワーク
自分はわかっているという「わかる」の意味付けを考えました。 プラスの意味付けは、 ⊕ 安心する、ほっとする、疑問や不安が解消される、頭が整理される、すっきりする、面白くなる、わからないということがわかる、どちらでもいい(答えがなくていい)と思える、現実が見えてくる、新しい視点を持つ、1つの答えや考え方を知る、視野が広くなる、わかると言わなくてもよくなる 中立は、ただ一つのわかるという事象です。 マイナスの意味付けは、 ⊖ すべてが分かった気になる、うぬぼれる、偏った見方、正解不正解を考える、わかることでそれ以上考えなくなる、決めつけや思い込み、表面的で終わる、安易、わからないままでいることに耐えにくくなる ワークをしてみると、 本当に何かストンと落ちるようにわかった・・・って思うとき、 言葉には出していないような気がしました。 もう言う必要がないというか。 また、一見関係のないことまでわかってきたり、 何となく視界が開けてきたり。 わかる過程にはそういう面白さもあるのかもしれません。 だからこそマイナスの意味付けとして、 早くわかりたい気持ちになりやすく、そのままにしておくのが耐えられない。 という弊害が起こるのかも。 わからないならば、「私はわかりませーん」って言っていい。 何とか答えようとして、わかったふりをしなくてもいい。 なのにそうできないのは、 わからないことはかっこ悪いと思うパターンを選んでいるから・・・なんだな。 いつ来ても好きな場所