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3分の1しか生きていないのに

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学生さんが実習に来るといつも、何歳?と聞いてしまいます。 聞いて年齢を知ると、 自分のまだ3分の1しか生きていないんだー!という事実に、 わかっているけど毎回驚く。 3分の1なのに、何だか話がこんなにいろいろできて面白くて、 3倍生きてきた自分なんかよりずっと物怖じしない感じが すごくいいなあと思います。 また、自分がどの程度の人間であるのか? それを知っている若い人が最近多いような気がします。 いつも何やっても抜きんでるということがないんですとか、 頑張って頑張ってやっと中の下なんですとか、 人より頭の回転が遅いので倍時間をかけてやっていますとか。 こういう話を聞くたびに、 自分のことを否定しているのではなく、 よく見ているし、自分を受け入れているんだなと思うのです。 どうせ自分は・・・という感じがない。 今までの自分を観察すると、 ここは認めざるを得ないという話なんだと思う。 こういうことも謙虚であることの一つなのかもしれないし、 自分を歪みなく見ることを何度もやってきての感じたことなのかもしれません。 実習でいろんな学生さんが来るたびに、 自分の身近な人だけでなく、 何となく世界全体が、 自分を知ることこと生きることを普遍的な学びのように感じている人が増えているのではなかろうか・・・ なんてことを思いました。 雨で雪がとけて、ざっくざくの道になった~

どこがどう良かったのかを知りたくなる

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褒められる・・・ということがありました。 そこですぐに、何で?と思ったのです。 どこがどう褒められるに値する自分だったのか? それを具体的に無性に知りたくなりました。 これって、パターンは何に引っかかっているのだろうか。 褒められて嬉しいと思ったパターンは、 もう次のエサが欲しくなっている・・・そんな気がしました。 どこがどう良かったのかが分かれば、 次もまたそうやっていけば他者から褒められるかもしれないって。 それを欲しがっていたんだと分かりました。 こうやって今日はパターンで反応して、 パターンで行動していました。 でも見た目的には全然冷静であったので、 有頂天になっている、天狗になっているようには見えないはず。 ってことは? 見た目では人の心って全く分からないものだなと、 自分自身の心の中をみてそう思いました。 また次も褒められるように、 認められるように、 承認欲求がまだ「私」を押しぬけて前に出ようとします。 でも、本来はどうしたかったのか自分? と問いていこう。

今日は失礼します

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書くことで、どんな日があってもいいということを思った。 ・・・と昨日は書いておいて、 今日は、ものすごく眠いのでもう寝ることにします。 明日からはなるべく 夜といっても早めの夜に書きたいと思います。 このところ朝、寒いほどに道が混んでいますね。 みなさんもどうぞ、 遅刻しないようにお気をつけください。 (って、自分自身に言う) 明日も早めに準備して家を出ます! ひつじ数えなくても眠れます

書くっていいかも

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毎日ブログを書いていて、のる日とのらない日があります。 書きたいことがあって書いているときと、 書きたいことが見つからないけれど、 毎日やると自分で決めたから書かなきゃならないと、 絞り出して書いているときもあります。 それから、パターンで書いている自覚がある日と、 パターンで書いているという自覚がない日もある。 自分の日記を後から読みかえしたとき、 (これは自慢でもなんでもなく) ホントおもしろいなあって、 いいこと書いてるなあ、そうだよなあって思うことも正直あります。 自分の書いたものに本当に励まされることがあるのです。 時に、パターンであることをそのまま感じたり、 書くことでパターンで話していることにも気づける。 どんな日があってもいい。 書くって、そういうことなんだな。 会社からお昼に出ました♪

承認欲求

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 ●自分の話を聞いてほしい 他人にこの気持ちを何とか満たしてもらおうとするパターン。 ただしゃべりたいだけではなく、 話したことについて反応を(ここではいい反応を)もらいたい。 承認欲求のパターンです。 と同時に、パターンは褒められたいだけではなく、 ちょっと議論して楽しみたいというか、 そのテーマについて盛り上がりたい(いっぱい話すことがあるし、聞きたいこともある)。 意味のある時間にしたいし、学べる時間にしたい。 という欲求もあると思いました。 そのためには、 自分の話をまずは聞いてもらいたいのですね、パターンは。 そうじゃないと、物足りなく、寂しく、つまらないと感じています。 昨年、気付いた、 ●特別で一番でいたい、というパターンにも似ているなあ そうか、そうか~と受けとめる母性は、 しゃべりたい子どもの心の内をよくわかってくれているお母さんのよう。 これらのパターンを否定するパターンの方には、 ちょっと待っていてねと言って、こちらを先に語ります。 遠くに見えるは岩手山