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疲れた日のパターン

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昨日は疲れて早々に寝ました。 今、朝5時でブログを書こうと思ったけれど、 その前に振り返りをしました。 (今年の目標に「毎日、一日の振り返りの時間をつくる」というものがあるから~) 自分はいつも誰かと比べて劣っている、というパターンの その誰かに名前を入れる。 以前も似たようなパターンがあったなと考えると、 大波ではないけれど、小波がゆれているのを感じます。 波は、いつもゆらゆらとゆれていて、 凪になるのはわずかな時間だけ。 その凪の状態というのは、とても静かで、無感情で、何もないような、 それが自分にとっての本当の心地よさでもあるんだなあと思います。 そして、パターンがあると波が荒れ・・・ やはり苦しいし、嫌だなって思うし、イラ立つし、落ち込むこともある。 そういうパターンが出てくることが嫌だと思うパターンもいる。 そこをスルーして、 パターンで語りかけをしていることもあるのだと思う。 ●パターンに出てきてほしくない というパターンへの語りかけ。 体が疲れているとき(昨日のように)特に出てくるように思う。 なぜならば~、 こんなときにパターンに出てこられると、 ちゃんとケアしなきゃって思うし、 でも今日はちょっとできないなって思うと それはそれで放っておかれたままのパターンが気になって 本当には休まっていない気もするし・・・ だから、パターンに出てきてほしくないんだな。 なぜならば~の部分を声に出して読むと、 なんだかこれだけでほっとする感じがありました。 「私」はそうは思っていないけどね、でさらに、すんっとなる。 疲れたときは、このパターンへの語りかけがしっくりきます。 久しぶりの夕焼け

ダイレクトにそのままに

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●自分は他人より劣っている というパターンの語りかけ。 ふと思ったのは、 いつも何事かに対して、他人と比べる思考が習慣になっていて 常に自分はその人と比べて〇〇が劣っているな、 その人の〇〇には及ばないな、と感じているのだと思います。 対象者があってのこのパターン。 なんですがー、 それがいつしか「他人と比べて」の部分が省略されて 「自分は劣っている」と言っている時があるように思いました。 自分一人の存在で見ていけば、 自分自身という人間が劣っているかと言えば・・・何がどう劣っているんだろう。 って、パッと答えが出てこない感じがあります。 やはり、比較があるというところがこのパターンが騒ぐ理由ではないか。 そもそも「劣る」というのは、 昔の自分に比べて体力が劣ってきたとか、 若い時のような情熱がちょっと衰えてきたとか、 そういうことはあるかもしれませんが、 人として優劣をつけることって、 自分一人だけを見ればそんなふうには思っていないような気がしました。 だから、今日は少し言葉を変えて、 ●自分はいつも誰かと比べて劣っている という比較したがるパターンを受け止め語りかけをしてみました。 なぜならば~のところは、 より具体的な対象者に対して感じていることが ダイレクトに伝わってきた気がします。 ありのままで、 パターンの思っていることを変えずに(きれいに整えずに) そのまんまをケアをしていくことも大切だと感じました。 木があるとちょっと涼しい

感情をすくいあげる

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羨ましいという感情がわいたパターンのケアをしていくと 気づいたことがありました。 この人大嫌いっていうパターンのケアをたくさんしてきた私。 それらを振り返ると、 怒り、イラ立ち、悔しさ、苦しさ、悲しみ、憎しみ、不快感の他に そうかあ、羨ましいという気持ちもあったなあ と思い出しました。 (っていうより、今気づいたかも・・・) その人と自分との比較で、 パターンが思う優れているとところを発見し反応していました。 その優れているとパターンが思っているところ。 じゃあ、そうなりたいの?と聞けば、 いやいや、あんなふうには絶対になりたくない!と言う。 だけど、どこかその人の能力とか外見的なものとか、 表面上現れている一般的に優れていると判断されるところを見て、 パターンはその領域の中での憧れなようなものを抱いていたのかもしれません。 なんていつも身勝手なんだろうと思っても、 ストレスなくていいだろうな~と どこか羨ましくパターンは思っていたのかもしれません。 でも、自分にはそういう能力というか器用さはない。 「私」はそうなりたいと思わないのだけど、 パターンとしてはちょっとそうなったら楽なんじゃないかって思っている。 パターンはとても小さな子どもなので、 表面的なわかりやすい部分には飛びつきやすい。 しかも、周囲がその人を否定すれば憧れることはないかもしれませんが、 褒められていたり評価されたりしているところを目撃してしまうと、 あんなふうに自分もなれたらいいなと感情が騒ぐ。 それがパターンというもの。 あなたをずっと一人ぼっちにさせてきて、本当にごめんね。 小さな感情もちゃんと感じていきたい。 緑がいっぱいの中庭

過去の意味付け

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他人を羨ましいと思うパターンは、 「私」ではなくパターンの考える素敵な人です。 パターンが考える頭のいい人、人とうまく関われる人、 地位があり成功している人、 おしゃれな人、マイペースな人、苦労がなさそうな人、 したいことをしていて楽しそうな人などなど。 どれもこれも、過去の意味付けのままで、 パターンは思っているんだと思います。 他人との比較って、 なにか時が止まっているかのように、 全てが更新されないものの中での話なのでしょうね。 息苦しく狭い領域の中に住みつづけている・・・そんな感じがします。 これら全部、また新しく言葉の意味や捉え方を考えてみたいな。 でもまずは、 羨ましいと思ったパターンの気持ちを今は大切にしよう。 それから意味付けを考えてみます。 入り口は低めの天井 ちょっとどきどきします

羨ましさ

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今、何を感じている? と問えば、昨日は、 これまであまり出てこなかった感情を見つけました。 羨ましいと思う気持ちです。 苛立ち、不快感の中に、 少し羨ましさを感じていて、 それは、そうなれないと思っているパターンの寂しさ のような感じでもあるのかな。 そっかあ・・・ あなたは羨ましいって思っているんだね。 そうつぶやくと、ざぶーんとした心の波が、 少しゆらゆらとしたものになるのを感じました。 大波ではなく、小波。 ミナペルホネン初めて行くの巻