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やや得意なこと

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昨日の日記にも書いたように、 私は普段から何かを忘れたり失くしたり、 壊したりということが結構な頻度であります。 注意欠如に多動もあってか、 ますます不注意が起きやすい動きをしているのだと思います。 (とパターンは言っている) なんですがー、 失くし物については、見つけるのがまあまあ得意だったりします。 すぐに見つかるということではないけど、 先日も誰も探さないような場所から見つけ、 やはり、探す際のコツみたいなものがあるなと確信した気がしました。 口に出して言ってしまうと、 なんだそんなことかというものですが・・・ まずは、 心あたりのところから、絶対ここにはないというところまでくまなく探していく。 くまなく見る、です。 そしてもし、それが無いとどうなるのか最悪の事態を考える。 その最悪を実行するかのごとく行動する。 そして、探し物が得意なご先祖様に、 どうかそのお力を私にも分けてくださいと背中を押してもらう。 それをやっての翌日または数日後、ずっとここで待ってましたよ〜 という感じで出てくることが本当に多いのでした。 なんて言ってて、見つからないものもありますし、 そもそも、 失くさないようにはじめから意識的に気をつければいいのでしょうが なかなかそこが難しいと、パターンは言っている。 結局、見つかったときは見つかった方がいいということだし、 見つからないときは見つからない方がいいということだと信じています。 和でも洋でもない朝食

きっと何とかなる

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車で約束の場所へ行く途中、 自分の準備不足で、はっきりした場所も、 その相手の方の名前もどうしても思い出せないということがありました。 (なぜか確かめずに向かっている) 場所は大体あのあたり・・・という感じで、 途中、スマホで調べてみたのですがはっきりした場所が出てこない。 ここかなとは思うけれど、入口や駐車場はどこなのか。 とにかく、あのあたりへまず行こうと思い走っていました。 雨で道も混んでいて、 もしかしたら遅れるかもしれないと焦ってきます。 そして、遅れることを連絡しようにも、 約束の相手の方の名前が思い出せないので伝えられない・・・ 手帳に内容は書いてあるけど、名前だけがどこを探してもない。 ああもう、どうしよう。 緊張、イラ立ち、焦り、不安、胸が苦しくなりました。 結局、スマホの名刺アプリに入っていたのを見つけたときは、 本当に安堵しました(自分で入れたんですね)。 おかげで時間も場所も何とかなり、事なき事を得て帰りました。 こういう時、本当に自分の準備の悪さを反省します。 次は必ず出る前に確認しようと誓う。 と同時に、 何とかなる(なってきた)という経験が、 これまでどれだけ積み重ねられてきたことか・・・と思いました。 ラッキーだった。だから、懲りない。 必ず最後はどうにかなると信じている。 こういうことに関しての自信って、我ながらすごいなと思います。 これも、 「根拠はないけれど、私はやっていかれる・・・」 というものなんだろうか。

慣れていきたいこと

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ふいにやっている、今、何感じている?は、 疎外感、腹立つーーーっていう気持ちがありました。 もうはっきりとしたパターンなので、 こういうパターンを選ばないというのはどういうことだろうか。 ●自分が中心にいたい というパターンからくるものだと思うので、 真逆を考えると、○自分が中心にいなくていい、になります。 自分が中心にいなくていい。 ということは一体どういうことなんだろう? もう自分が輪の中にいなくても、 誰も話しかけてこなくても、 まったく相手にされない、完全無視状態だったとしても、 それでも「私」はいいということになります。 でもそこを選択するには極端すぎて・・・ じゃあ、現実的にやってみたいことは何だろうか。 ワークをやってみて今思うそれは、 中心にいない状態にもっと慣れていきたい、というものです。 慣れたら何とかなるだろうということではなく、 そういう今までやってこなかったことをやってみたいなと思いました。 ずぶ濡れの後の、夕焼け

よく思われたいパターン

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毎年職場でPSW試験の実習生を受け入れています。 毎年のことなので内容もおおよそ決まっているのですが、 今年は何かいつもと違う・・・。 何が違うんだろうって考えたら、 本当に些細なことなんですが~ 実習生と一緒にまだご飯を食べに行っていないことに気づきました。 いえ、行っていないのではなく、 行こうという気が起きていなかったということ。 いつもであれば、まずご飯を一緒に食べに行って、 なぜこの資格を取ろうと思ったのかというところから、 大学の話、バイト先の話、彼氏(彼女)の話まで聞いていたと思います。 しかしそれをやっていたのは誰なんだろうか? 人間、ご飯を一緒に食べることで緊張がほぐれるとか、 担当なんだから学生と心を通わした方がいいとか、 今までそうしてきたんだから今回もしなきゃなって。 変な義務感だったのか、 よく思われたかったのか、 そのあたりのパターンでやっていたのではないかと思いました。 気づいた瞬間から感情がざわついています。 迷い、焦り、不安、不快感。 もうそれは(パターンは)選ばない・・・でやってみよう。 少し秋風感じます

怒りという感情

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怒りは悪いことという意味付けがあります。 怒りという無駄なエネルギーを使わないように、 または感じないよう蓋をして何か気持ちが変わるようなことをしてみたり、 怒られて怖い思いをしたときも、パターンとしては避けたくなる。 怒りをそのまま感じてみる、受けとめてみる、 怒りを感じた原因のパターンを理解してみる等々 パターンだと思うからこそ、 その中に恐る恐るですが入って行ける。 どんなネガティブな感情とも共にいられる自分ではないけれど、 少なくとも、 現実逃避をしたり、 感じないように考えないように何かに没頭したり、 まずは寝る(今は向き合えないと決めつける)といった選択を あまりしなくなったことに気づきました。 こうした時間を自分へつくることは、 自分(パターン)をひとりぼっちにはさせずに、 そばにいるという状態なのだと感じました。 そばにいるって、そういうことなんだなと、 ちゃんと感じてすぐに何とかしようとせずに、 自分(パターン)を待ってあげられる自分にも少しだけなれている気がした・・・。 行動と心との一致性を作っていく。 ってこういうことなのかなと思いました。 風の通り道