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人間関係で変わったこと

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自分の成長と変容。 10年ほど前の自分、もっと以前の自分って、 本当に必死で取り繕って生きていたなと思います。 朝、目覚めから気分が悪く、 よく分からない不安の闇のから這い出ては、 流されるままに子育て、家事、そしてとりあえず仕事に行く。 人と関わるたびに感情に振り回され、 なんでこうなるんだろうって・・・ 不安と恐怖の中にいても、他人からわかられないように頑張っていたなあって。 そう思うと、 成長と言えるものの一つには人間関係があります。 パターンは、この人はいい人悪い人と決めつけます。 差別、比較、我慢、競争をしながらの関わりしかしていなかったと思います。 今は、嫌いな人を嫌いなままでもよく、 でも、装う自分ではなく。 現実にはパターンで相手を見なければ、 感じるものが変わり楽になっていくということもあるし、 いつの間にか自分が「素」に戻っていくような感覚があります。 一生許せない大嫌いだ、と思った人が、 今はその感情が薄れ、 でもときどきその人の言動に自分のパターンが引っかかるということは普通にあり、 これはお互いのセッティング(約束)のように感じます。 成長のためにはゆずれない関係性。 人間関係は先に自分との関係があります。 何かあれば、自分は生き方間違っていないだろうか? と日々立ち止まれるようになってきたことも大きな変化です。 そこで私がどうありたいか? パターンではなく、やるのは私だから! これからも大事にやっていきたいです。 アイーナのカフェ ここのハンバーグ超美味しい♪

成長した部分

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今日は自分が成長した部分をちゃんと感じてみたいと思いました。 謙虚に、まだまだ自分なんて~ というのもまた違うんですね。 10年前の自分を思い出すと・・・ 真っ先に思いつくのは、 健康に対しての意味付けの変化です。 これはガラッと変わりました。 病気をしてからずっと、 自分は弱いというパターンがありました(今もあるけど)。 長いこと体も含め自分の弱い部分だけを見てきた自分が、 今は、健やかに感じる心があればそれでいいと思うようになってきています。 それから、幸せについても変化を感じます。 日常的に幸せの深さをじんわりと感じられることが増えました。 植物や花や四季の風景や、動物や子どもやお年寄りや空や太陽にも感じる。 そこに美しさを見いだしたり、 特別なことなどない日常にも幸せがあふれます。 この頃は、ただワークをしているだけでも・・・幸せ。 また、一見幸せとはほど遠く感じるような苦しさ、つらさ、 どんな痛みの中にあってもそこに光をあてられるようになったこと。 いいことだけが幸せなのではない。 感謝の気持ちも朝と夜に言葉にして、 見える人見えない人、会える人会えない人みなさんへ伝えます。 あとは、死生観について・・・もあるかな。 本当に少しずつですが自分だけの哲学を創ってきているように思います。 いつか向こうへ行く日まで、魂のしたいように。 自分自身に嘘のない生き方をしたい。 死を越えて続いていくものがあると思うと、 死ぬって怖くて悲しいものではないと思うようになってきています。 明日もまた成長の足跡を見つけてみよう。 曇り空で過ごしやすい一日でした!

夢から脱する

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何に「快」だったかのかというと、 夢の中に出てきた人が自分のことを好意的に思っていて、 自分に信頼を寄せはじめている。 その状況が相手を見ているとわかったのです。 それはパターンにとってうれしい状態。 パターンはその瞬間から心地よさを感じているのだと思いました。 ここに居れば、この状態が続けば、 自分(パターン)は優位に守られるって。 それは願ってもいないことだし、これ以上ない安心保障。 だけど、これは、 「私」はそうは思っていないけどねーの世界じゃないだろうか。 そういう表面的な、 今まで長く住み慣れた世界から脱していきたいと思っているのに、 実際にそういうことが起これば、 嬉しい、安心、心地いいと舞い上がるパターンがいる。 目先のことでよろこぶパターン健在です。 先生も言っていましたが、 すぐに脱することなどない。 行ったり来たりすると(ここだけ切り取った言い方をすると)。 これまでの領域でよろこび、 でもまた新たな「私」の思いに意識が向けられ、 そしてまた、パターンを選んだり・・・ 夢から覚めたとき、今までだったら、 ずーっといい気分に浸っていたと思うけど、 はじめて誰が浸っているんだろうと考えた。 これは本当に小さな一歩だと思います。 さわやかなお天気続いてます

この「快」は何?

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夢を見ました。 内容はちょっとあまりにも変なので 詳しくは言えませんが~ (だいたい夢って変ですよね) 「快」か「不快」かで言えば「快」なのです。 自分がこれからそうなるだろうと予感していることが、 もうそろそろ実現すると感じているのだけど、 それを表に出さないように(嬉しそうにしないように) 我慢しているというものです。 なんかあくまで平気を装っているような、 そんな感じ・・・ その「快」を感じて余韻にひたって目が覚めたんですがー、 あれ? これってパターンじゃないだろうか・・・ 夢がどんどん消えていくので、 何が自分の中に起こっていたのか思い出そうとしました。 それで感じたことは、 「快」はパターンが心地よいと感じているものじゃないか?って。 疑問が湧いた途端に、 なんか・・・ぞーーーっとしました。 つづく 昼休み中のお散歩

日常でやること

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私とパターンを分離させること。 自分「私」に嘘をつかないこと。 一致性を整えていくこと。 これらはどれも言っていることは同じです。 そしてどれも普段頭ではわかっているはずでしたが、 本当にはわかっていないから、 自分はダメだと思い苦しむのだと思いました。 かといって、苦しみたくないから語りかけをするということでもなく、 このあたりにむずかしさを感じています・・・。 っていうのも違って、 「自分にはむずかしい、とパターンが言っている。」と言おう! 日常の中にこそ私とパターンの分離を意識し、 私に嘘をつかないでいきたい。 嘘をつくとざわざわしてくるからすぐに分かります。 一致性がないことに違和感を感じられる自分になってきているのだから、 ちゃんと嘘をつかずに生きていきたいです。 仕事中も心でつぶやいてみよう。 日常にそこを沁み込ませていこう。 かぼちゃのスープ美味しかった♪