自分はわかっているというパターン

今日は月1回の勉強会の日。
ちょっと風邪気味でしたが、
やはり行くといろいろ話をしていくうちに元気になります。
みなさんいつもありがとうございます。

今日は最近の話をそれぞれにしてもらい、
参加者は全員がそのことについて感想なり質問などしながら
相手を知るということをしました。
そして、自分の話の番のときは、自分自身を知るということにもなります。

私の話は、先日美容室に行ったときのこと。
数分遅れて行ったことが発端でまずはパターンが引っかかりました。
感情は、イラ立ち、悲しい、苦しさでした。

その後も、美容師さんとの会話から~ちょいちょい引っかかりまくり、
感情は、むなしさ、イラ立ち、不快感です。

そうやって正味2時間程度の間で次々反応していく自分をみてました。
少し整理するようにみんなへ話していくうちに(話すって整理されますね)、
自分がかつて美容師だった頃があるために、
さも美容師の心境やオーダーについての事情など
知っているから、わかるから、こうなんだよね~って言っていることに気づかされました。

自分はわかっている、理解している。
なのにそういうふうにイラ立ったりしてはいけないと、
そんな自分じゃないでしょ?
美容師の事情も知っているんでしょ?
いいお客さんでいたいんでしょ?
と悪魔のささやきじゃないですが、
パターンを抑え込もうとするプライドの壁が立ちはだかったのでした。

この、自分はわかっている、知っている、理解しているというプライドは、
仕事のときもあって、
仕事中に引っかかったもの(パターン)を素直に出させようとしないのです。
そんなことでイラ立つような自分ではないと、
パターンを否定するパターンです。

よくあるのが、自分が経験したことについて、
経験者だからその人の気持ちがわかるんだよね~っていうものです。
経験者だからといって全く同じ体験ではないし、
捉え方も意味付けも全く違っているのに、
それでわかった気になってしまうのだ。

でも、これもパターンなので!
ケアしていこう。





実家の玄関先のたぬき いつも見守りありがとう




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