それ、誰がやっているのか?

昨日のつづきになりますが、
怖いという感情を「私」が察知し、
しばし私の母性がそれを受けとめていた。

そして、その感情を生みだしたパターンって何なんだろう?
と考えたら、
相手に機嫌よくいてほしいとか、
いい関係を築けない自分はダメだとか、
そのあたりがいろいろ出てきました。

出てきたところで、
今度は私の中の父性がパターンへ語りかけはじめるのですが、
それまでの間が、結構くどくどと相手のパイプに入りこみながら
(または、自分のパイプに相手を入れて)
あのときはこうだったなとか、
なんでこうなっちゃったのかなとかいろいろ考えているんだなあと思いました。

ここの部分はもう母性でも父性でもない。
じゃあ、誰がやっているの?
という話になります。
そうやって考え続けているということが、
すでにパターンを嫌うパターンがやっているのだ。

素直に、ああ、これパターンだなと感じて語りかけをするときと、
その前にくどくど考えているときがあります。
後者のときは、それ、誰がやっているの?
と問いかけよう。

そこへの意識がまだまだ足りない。
語りかけは「私」がするということに意識を向けよう。




光の反射? うさぎさんが現れました♪







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