感情の居場所

語りかけのノートを見ていていると、
いろいろなネガティブ感情が書かれています。

それは全部自分の中に存在しているもので、
自分が産みだしたものではあるけれど、
ただ一つの事象にすぎない(と言われている)。

いつも持ち続けているものではないし、
出てきては姿を消し、消えたと思ったらまたいとも簡単に出てくるもの。
思考よりも前にあるもの。
感情がわくからいろいろ考えるのかもしれません。

だから~、考えるな感じろ。

この頃は、思考が動き出したらホワイトボードの消すやつをイメージして、
あ~ストップストップ、消して消して~!
とつぶやいては、さささと消すことにしています。

でも感情はこんなことする必要がなく、
ただそこにあるがままに居させてあげていいもの。
そこが思考とは扱いが違うんですね(思考に走りやすい私の場合ですが)。

明日が震災から15年。
ということは、この学びも15年です。
TVで毎日のように被災した方たちが出ていて、
今でも失った家族に対してあのときああすればよかったと、
みな後悔や自責の念をもっていて涙する姿があります。

そういう中でも、深い悲しみ、苦しみ、つらさ、
後悔の念をもってそれらと一緒に生きてきたこと、
そうやって学んできたのだと思うと話している方もいました。

誰だってつらさを感じたくなくても、感情は勝手にわきます。
だからそれと共にいるしかないし、共にいるべきものたち。
そうやって生き続けていくことができる強さがあるのも人間なのだなあって思います。




沿岸の春は早いけど、春雪も降ります





コメント