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そんな自分ではないというプライド

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先日の岩手クラスの勉強会で、 それぞれが持っているパターンの話をしたとき、 みなが持ち合わせているものに、 共通するプライドを見たような気がしました。 それが「そんな自分ではない!」というもの。 例えば、●他人から良く思われたい、というパターンがあった時、 他人から良く思われていないなんて・・・そんな自分ではないはずだ。 という真逆ともいえる気持ちが少なからずあったりすると、 このパターンに引っかかる、もしくはこのパターンを認めたくないパターンがあるのかもしれません。 パターンは大体にして自分の思い通りじゃなきゃ嫌なので、 その思い通りにしたい心の裏には、 思い通りにいくはずだと信じているものがあり、 同時に、それ(思い通りになる)に値する自分なのだと思っている。 それに値する自分。 って、どんだけプライド高いの~と思うけど、 良く思われないことが寂しい、悲しいということは、 良く思われているんじゃないかと、ちょっとでも思っていたからだし、 そうなるに相応しい自分であり、 そうなることにパターンは価値を置いているため、 それが与えられないと苦しくなるのだと思う。 期待外れにショックを受けるんですよね、パターンは。 プライドって、自慢げで、傲慢で、謙虚さがなくて、うぬぼれていて・・・ といった分かりやすいものだけではないのですね。 特に「悔しい」「腹立たしい」という感情がある時は、 思うようにいかない「怒り」ですから、 相当のプライドが蓄積されているのではないかと思いました。 人それぞれ向き合うパターンは違っても、 何かしらのプライドを持っているという見方をすると、 みな同じところで、もがいているのかなと思いました。 もがきながらも・・・でも、どうありたいか? そんな自分なんだなーって素直になっていきたい。 『はれひめジュース』と『黄金柑』

息抜きしました〜

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お陰様で無事母の手術が終わり、 しばしの間ですが、私も自宅でいつもの生活に戻りつつあります。 今日は久しぶりに友人に会いに行き、 今の自分に合うハーブティーをブレンドしてもらいました。 このブレンドティーって不思議なもので、 まず始めに、自分の直感だけで何種類かのハーブを選ぶんですが、 (名前も効用も伏せたまま、見た目だけで選ぶ) これがもうドンピシャに自分の症状に合ったものを選んでしまうんですよー。 すごっ! パッと見て気になるハーブがあり、 その香りも何度でも嗅ぎたくなります(体が欲していると、心地よい香りに感じられるそう)。 ハーブの仕事をしている友人 が、さらに私に合うよう飲みやすいものへと調整してくれました。 少し膀胱炎のようになっていたのですが、そこへの効用があるもの、そしてよく眠れるもの、 ビタミンCが取れるもの(お肌もボロボロだったのよ〜)で、 自分だけのお茶が完成!香りに癒され、とても柔らかな味わいです。 ハーブの話から美容の話と「女子」の会話に笑い、 とても楽しい時間を過ごしました。 疲れた時に、お茶を飲みながらのおしゃべりは息抜きの方法として一番かもしれません(私の場合は〜)。 心をオープンにしてたくさん笑えば、 余計な力が抜けいろんなところがほぐれていくのを感じました。 楽しくほっとする時間から日常に戻っても、 こちらのハーブティーをまた飲みながらひと息ついていきたいです。 色も好き〜♪

続く秘訣

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音楽番組を見ていたら、 何十年も続けてきたバンドや、何十年も歌ってきた歌手の方に目がいきます。 昔より、より魅力が増していることに聞き入り見入り、 そして、なんじゅうねん・・・という響きにも、 胸が熱くなってしまうんですね。 だって、それほど長~い年月には、 必ずや紆余曲折があったに違いないし、 そういう苦しい時期があってもなお続けてきたということは、 本当にもう、どういうことなんですか? どうやってここまで来れたんですか?って思うんです。 すごいことです、なんじゅうねんの歳月は。 好きだから、それしかないからやっている。 といった答えもあるかもしれませんが、 そこには本題の音楽が半分、 もう半分は音楽と全く関係のないようなことが、 その人の努力によって積み上げられているような気がしました。 音楽が中心の世界であって、でも音楽だけに固執しない世界です。 いろいろ正反対のものをやっていくと、 あらゆる面での柔軟さ、思考の広がり、 好きだけではないところへの向き合い方もでき、 これまで目を向けなかった才能(資質)も磨かれ、 自分という人間のバランスが取れてくるような気がします。 この丸いバランスが継続をもたらす? 好きなことを突き詰めるだけでなく、 ちょっとそこから離れる時間が、また好きなことへの深みを持たせてくれる。 そうやって何十年と一つの道であってまた、 その時々でちょっと夢中になるものも迷わず楽しめる柔軟さは、 何をするにも長続きするコツのような気がします。 長く、もうずーっとやっている…そういう人生っていいなあと思う。 八幡宮からの青空

相手にもパターンがある

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自分がパターンで言動するように、相手もパターンで言動しています。 そのことを全く理解していないと、 あんな言い方されたくなかったとか、 あんな風に思われたくなかったとかいつまでも考え続けてしまいます。 (理解していても、それはあるんだけど~) なぜ自分のことをそんな風に思うのだろうか?と、 自分の中に原因を探ります。 自分はそんな大した人間ではないのだから、 相手が言う通りだな~と思ったり、自分は調子に乗っていなかっただろうかとか、 卑しさや傲慢さはなかっただろうかと反省し、振り返ることもします。 目を見開いて、耳をかっぽじって、自分がしたこと言ったこと、 現実をちゃんと見よう。 そういう自分を知るということは、それはそれでとても大事なこと、必要なこと。 自分を知ると言えばもう一つ。 相手がパターンで言っていること(思っていること)に、 いつまでも一喜一憂している自分にも気づいていきたい。 あの人ってそういう人なんだと、 いつもそうやって自分を傷つける人、って決めつけるパターンがいる。 また、そうではない人に対しては、あの人っていつも自分に良くしてくれる人、 自分をほっとさせる人、自分をいい気分にさせてくれる人・・・ というように都合よく思うことも自分のパターンであるということ。 何かしら自分を満たしてくれる人は、みんないい人なのだ(パターンにとっては)。 ということは、 相手だって同じようにパターンでいい人、悪い人を決めているだけ。 そこに一喜一憂している自分は相手のパターンにも振り回されているのだ。 本当の「私」がパターンを理解し許そうとしているように、 相手のパターンに対しても、「私」は理解し許せるのだと思う。 「私」とはそういうもの・・・ジャッジはしないのですから。 そんな「私」だから現実を捉えられるのだと思う。 そこをもう一度認識したいと思いました。 パターンに飲まれてしまうとき、 それを許そうとしない●パターンに飲まれる自分はダメだ というパターンがあります。 ああ、今、パターンに飲まれそうになっているな~ って気づいただけでも「私」はちゃんと機能しているのではなかろうか。 そういう「私」がいることにも目を向けてみよう。 今日はどんより曇り空 寒っ

2月の講座について

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今月の【はじめて講座】ですが、 予定の日以外のところでお申し込みがありましたので、 お知らせしておりました2月23日はキャンセルの予定でおります。 ただ、もしも2月の講座に行ってみようと思っていた方がおりましたら、 2日前(21日中)までにご連絡いただけると予定通り23日も開催致しますので、 お手数おかけしますが、お申込みする〆切日をお間違えがないよう、 どうぞよろしくお願い致します! ★2月23日(日)13:30~15:00 ★やはぱーく(矢幅駅前) 1F活動スペースA ★参加費 無料 ★限定1名様 ★申込〆切 21日まで ★ ←他の開催日はこちらから! ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ さて、こちらの講座ですが、 去年一年やってみて、心のカラクリを聞いた方々から、 全くそう思わない、ピンとこない、言っている意味がわからない~ といった類の感想は無く、それがちょっと意外だったと思いました。 皆さん元々心に興味があるからなのか、 なんとなくわかりますという反応が多く、 このなんとなくっていうものを本能的に大切にしている方が多いということを感じました。 この「わかる」というもの。 その人のこれまでの経験や、おかれてきた環境、生まれ持った気質、 そしてどこの領域で生きている方であるのかによって、 心のカラクリが役に立つのかどうかがわかる、ということなんだろうか?と思います。 「領域」とは、どの世界が上とか下とかいうものではなく、 どの学びが必要であるかどうか。 自分を知る方法の一つとして私は、 たまたまこの学びを知り、それがとても興味深くて今に至っていますが、 それが、「その体験を必要とする領域」にいるということなのかもしれません。 いろいろ思いながら試行錯誤してやっていますが、 単純に、今ある悩みのヒントにしてもらいたいと思うのです。 その方法をお伝えすることが(誰かの役にほんの少しでも立てたらいいな)、 今、自分ができることの一つであるのかなと思っております。 (なので、無料) 考えててもどうしようもない悩み、宇宙からみたらちっぽけな悩みかもしれないけれど、 それでも心が苦しいときは、 それは自分にとってとても大きなきっかけをくれる大事な悩みです。 紅茶の美味しい喫茶店♪