わかってもらいたい、は違う
毎日、誰かしらの話を聴くという時間があります。
そういう時間は好きなのですが、
話すより、聴くことの方が本当はむずかしいなと思います。
でも少しずつですが、
ずっと聴き続けると、
何かその話の一番大事な部分を感じられるようになったり、
その方が一番言いたいこと、思っていることが見えてきたりして、
そのときは素直にうれしいなと感じます。
はじめはわからなかったけれど、
ちょっと何かわかってきたとき、
自分と相手との間の壁がちょっと薄まる感覚がします。
うれしいなという感覚は、
逆を言えば、わからないままにし続けるのはちょっと嫌なんだと思う。
わからないまま話をずーっと聴いていたり、
話している内容は理解できるけれどそうする理由が理解できなかったり。
事態が進まないままというのは、
その結果のいい悪いに関係なく、すっきりしなくて嫌でした。
それがちょっとずつ、
今はそんなに嫌ではなくなっている・・・かも・・・と思いました。
以前カウンセリングの先生から、
自分をわかってもらおう、というのは違うのよ!
と言われたことを思い出します。
「無理なこと」ではなく、
「違うのよ」と言われたことが印象に残りました。
それでも時々出てくる、
わかってもらいたいとパターン。
そして今は、わかりたいパターン。
どちらのパターンが出てきても、
あ、なんかこれって(今の自分がやっていることって)
何か間違っているかも~と教えてもらえる気がします。
| 蟻さんのリネンって好きだー |
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