自分は正しい、というパターン
今語りかけをしているパターンの中の言葉をとって、
いろいろ意味付けワークをしています。
その中で、パターンっていかに自分が楽に生きていけるのかだけを
考え続けているんだなあと思いました。
ここで言うところの楽とは、
まったく嫌な思いをすることなく、あなたが正しいです、
一番です、素晴らしいですと、
称賛をあびては自分をかえりみずに守られて生きる。
という意味の楽。
(言葉にしてみると、なんかすごい・・・)
「正しさ」の意味付けのプラスで出てきたものに
「文句を言われない」というものがありました。
これが出てきたとき、あ~なるほど!と思いました。
そう、パターンって、ちょっとの文句も言われたくないんですよ。
自分の正しさは最強で、
それさえあれば他人からも納得してもらえるし、
とやかく言われないし、堂々としていられる。
とパターンは思っています。
でも、それらの弊害として何がおこるかと言えば、
「そこが絶対だと思ってしまう」
というマイナスの意味付けも出てきました。
正しさはプライドとなり、
自分を守るために盾となって立ちはだかるのだ。
考えてみると、
●あんな言い方されたくなかった、
というパターンがちょいちょい出てくるのは、
大事にされたいというのもありますが、
パターンの正しさを否定されたと感じた際に出てくるもの。
パターンは、ちょっとの否定もゆるさんぞと、
正しさという盾をかざして戦っているんだなと感じました。
これは苦しい。
●自分は正しい、というパターンのケアをしっかりやって、
この苦しさからパターンを救っていこう。
きっとこのあたりが自分の(魂の)課題なんだなあって感じます。
| 先日のピザは、紫波フルーツパークで作りました 秋はぶどう狩りも楽しめます! |
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