はじまりを思い出す

沖縄クラスにはじめて参加させてもらい、
そこの中に自分を置いてみて分かったこと、みなさんの言葉を介して、気づかされたこと、
行く前には想像できなかった、自分への課題を見つけることができたように思います。
とても新鮮な気持ちと、慣れ親しんだような安心感。
貴重な時間をいただき、本当に嬉しかったです。
みなさん、ありがとうございました。

帰りの飛行機の中、
『魂の道場』で学びたいと思った頃のことを思い出しました。
あの頃、何をするにも不安でいっぱいでした。
その不安は、自分を苦しめる人たちがいるから、そうなるんだって思っていました。
だから、そういう人がいても感じなくなったり、うまく対処できる自分だったら、
きっと人生は、もっと楽になっていくのだろうなあって(苦しみの原因は他人にあると思っていた)。

そして、カウンセリングをグループで学ぶようになり、
あれ、もしかして、私はここから変わっていけるかもしれない、
人生をもう少し楽に生きていけるのかもしれない。
と自分のわずかな変化と、グループのみんなの成長をまのあたりにしていくたびに、
もしかしたら・・・と感じるようになりました。

学ぶことは、自分を知るという楽しさや喜びがあります。
自分というものを理解していくことはおもしろいことです。
とは言え、
習慣化して身につくには決して簡単ではないし、時間もかかるし、本当に地味な作業。
そして、そこを全て自分からやらない限り越えていかれない厳しさもあります。

カウンセリングの先生と一対一で話しをするときと、
グループでの勉強で話しをしているときの自分は、全くもって違っていたと思います(どう思われるかが怖くて警戒態勢)。
人前で自分の気持ちを開示することには、慣れていなくて、
むしろ開示せずに、心の中とは違う話をしていく訓練はずっとしていたのかもしれません。
人との関わりって、お互いが思い通りにしたい(理想の相手になってほしい)と思っているところがある、そうなってしまうと簡単ではないですね。
思い通りにしなくていい、ということが本当に分かるまで、思い通りにならないことが起こる・・・
でもその機会を与えてもらい、やりとげていった先にあるものが、
本来自分が望んでいることなのだと思いました。

だからこそ、
私はこの場所で、やっていきたいんだ。
じんわりと胸のあたりが温まっていくよな、
そうだったよね、って思ったら、顔がほころんでいくのを感じました(たぶんそういう顔になっていたと思う)。
時々、何のために、誰のために、どうしてそれをやっているのか(または避けているのか)確認するっていいですね。

自分が今見ている世界は、まだまだ知らないことが多く、経験も乏しく、
とても小さく閉鎖的な世界なのかもしれません。
だとしたら、この世界の中で、今、何をしたらいいんだろう。
今は、そばにいる人をまずは本当の「私」で、ちゃんと理解できるようになりたいです。
自分を理解した、その軽さを持った温かい心で、人と関わっていくことができたらいいなあと思います。














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