「私」と似ているもの

北は八幡平から南は須川高原まで、2日間紅葉狩りをしてきました。
普段ほぼ緑一色に見えていた葉っぱの形もこの季節は存在感が増します。
ものすごい種類の植物たちが何の計算もなく色を織りなす姿は、
人を楽しませ感動させてくれます。
また、岩肌からは温泉が吹き出しているところもあり、
おお、地球は生きてる!と思わず声をあげてしまいました。
名前も知らない植物たちからパワーをたくさんもらい、温泉の硫黄の匂いがまた良くて、
地球に生まれて良かった~とまた叫ぶ。

自然の前では人間は、『素』に戻るような気がします。
山と一体に、地球と一体になっていくような感覚はどこまでも「私」が広がり続け、
そのうち自分が消えてしまうような感じがしました。 

美しいと思うものを見るということは、時間にして数秒であっても、一瞬で何かを超越してしまいます。
それは、人間の細胞一つ一つが入れ替わっていくようでもあるし、
その身体さえも感じなくなってしまうようでもありました(もしどこか痛いところがあっても、それを感じないような)。

胸いっぱいに深呼吸をしてみると、
そのときの解放感、安心感はまさに、
「私」がパターンを包みこみ、「私」はいつでもパターンを許しているときのそれと似ていました。











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