愛でできているわたしたち

お盆に帰省できなかった兄が、母のためにオンラインで話そうということになり、早速スタンバイしてサプライズ。

パソコンに映る息子を見てびっくり仰天、母はうれしさと驚きで興奮状態です。「すごいねー!こんなことができるなんて」「お兄ちゃんが映っているわ〜」「長生きして良かった」と、その日はたぶんそれぞれ10回くらい感動して言っていたと思う。


わたしも兄とおしゃべりするのが久しぶりだったので、ついついいつものようにべらべらとおしゃべりしてしまい、気づいたら母がまだろくに話していなかったことに気づきました。それでも母は、わたしたちの会話を聞きながら、わかっているようないないような相づちを打ち、楽しそうでした。

兄の仕事が新型コロナウィルスの影響を受けていないのかどうか、普段とても心配していたのですが、いざとなるとそのことをケロッと忘れてしまい、兄の髪が伸びたとか、一緒に映っている犬に似てきたとか、こういうときの話って内容がほぼ無いに等しい・・・。時間はあっという間に過ぎていきました。

そしてこれは、娘とは違う息子ゆえの反応なのかなと思います。いくつになっても、息子って母親にとっては気がかりな存在のよう。何度かあくびをする兄を見て、疲れていないかと気遣うのです。大丈夫だよー、疲れてないってばー(そうだとしても、いいのいいの)。

わたしも兄が元気でいるかなとか、仕事はどうなのかなとか、飼っている犬2匹のことも含めてみんな幸せにやっているかなと思うことはあります。でも、母はもっと思うのだろうな。みんなお互いに離れて暮らす家族のことを、元気で幸せにいてほしいと願いながら、自分の生活を大事にしていくのでしょうね。


自分にとっての大切な人がいるように、他の人にだってそういう人はいると思う。どんなに嫌な相手であっても、腹が立つ憎い相手であってもです。大切な人たちの前では、きっとその人も幸せそうな顔をしたり、心配する優しさがあったり、その人のために何かを一生懸命してあげているのかもしれません。

どんな人であっても、ささやかであっても、愛を誰かに届けながら、また誰かから受け取りながら生きている。そんなことをちゃんと想像できるような人でありたい。


今日一日、自分の持っている愛をどれだけの人にわたしは届けることができたかなあ







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