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縄文人のように

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昨夜、冷蔵庫が突然壊れました! かれこれ23年。我が家の食生活を支えてくれた冷蔵庫と急なお別れ。 夜のうちに、娘に冷凍室のものと冷蔵必須の生鮮食品を持っていってもらい(娘、大喜び)、 野菜と調味料を残し、ほぼガラ空きとなって、もはや冷蔵庫ではなく物入れとなっております。 今日は、仕事から帰る途中、無性に喉が渇いたのですが、 そうだった~冷えた飲み物がうちにはないんだ!・・・と気づき、 自販機で、すぐに飲む分だけを買って帰りました。 夕飯はどうしようかと思い(肉も魚も渡してしまった)、 インスタントラーメンに野菜を入れて食べました。 それだけでは足りないので、枝豆とトウモロコシも茹でました。 食後にまた何か飲みたくなったけれど、冷たいものは買いに行かないとないので、 ノンカフェコーヒーをいれて飲みました。 こうやって、今食べるもの、今飲むものだけを口にするって何かとても原始的でいいですね。 日曜日まで冷蔵庫を買いに行けないので、 今週はこんなふうに家にあるものを食べつくそうと思います。 朝はご飯と味噌汁と卵焼きがあれば充分ですし、 お昼も、このところずっと、おにぎりと味噌汁を持って行っていたので、特に困ることもない。 夕飯はまだ麺類もあるし、根菜でスープも温野菜も作れるし・・・で、やはり困ることはなさそう。 運良く季節的にも、暑くもなく寒くもなく、で良かった。 ちょうど先日行ったばかりの、 御所野遺跡の縄文文化 を思い出すかのように、 大昔の冷蔵庫のない暮らしはどんなだったのだろうかと想像。 食べ物は腐る、ということをあらためて実感し、 あたりまえに何でもかんでも冷やせていたことに何の感謝もなく生きてきました。 縄文時代の人から見たら、冷やせる箱があるって本当にびっくりですよね。 数日間は、その都度食べるものだけを手にいれて調理するか、 また保存のきくものを選びながら、最小限でまかなえるのかもしれません。 飲みものも、自然と、常温または温めて飲むものを飲むようになりますね。 こうしてみると、なんて、体が喜ぶものばかりなのでしょう。 (痩せれるかもしれない・・・) ものすごく不便な生活かと思いきや、まったく大丈夫そうな気がします。 縄文人のように?冷蔵庫無しの生活にかなりわくわくしています。

自分を守る

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職場での人間関係にとても悩み、毎日のように傷ついていたことがありました(トイレで泣いていた)。 自分だけに向けられる強い口調、無言の圧力、無理難題を強いられる。 それなのに、はっきりと、 「自分はいじめられている」とは誰にも言えませんでした。 いじめられるというのは、あくまで自分側が受けとる感覚であって、 他人からみればそうは見えなかったり、 当の本人もそんなつもりはなかった(傷つけているとは思っていない)かもしれない、 そう思いたかったのだと思います。 そこを認めてしまうと、 自分はいじめられ、排除されるに値する価値のない人間、みじめでダメな人間なんだと。 仕事ができない人、人間関係が築けない人、かわいそうな人になるのがとても怖かったのです。 つまり、いじめられるというのは(自分がいじめられることに関しては)、 相手が悪いのではなく、自分が悪いからと思っていたのです。 そんなとき、もうこれ以上耐えられない、 という出来事が起こりカウンセリングを受けました。 そのとき言われたことを、今もはっきりと覚えています。 相手に矢を放ちなさい(相手に牙を向けなさい)。 自分を守るためにしなさい。 こんなことを考えたこともなかったので驚きました。 相手を攻撃するなど、そんなことをしたら負けを認めてしまうことではないか、と思う気持ちと、 それができたらどんなにスカッとするだろうか、と思う気持ちとが葛藤しました。 負けを認める、というのは、 意地悪する人なんかに負けてたまるか!ということよりも、 ぼろぼろになっている自分を絶対に見せたくなかった、こっちの理由だったと思います。 こんなに傷ついている、弱っている自分を見せることで、 さらに嫌な言葉、傷つく言葉を投げかけられるのではないか、という恐怖がありました。 でも、その恐怖心というものは、 自分がそこに立ち向かえない、そんなことができるわけがない、 という誰よりも自分自身をさげすむものがあったように思います。 そのときの自分は、矢を放つことはできませんでしたが、 「自分を守る」ってどういうことだろうと毎日考えるようになりました。 今の自分がかろうじてできることは、 反応をしないという抵抗でした(ここに至るには、パターンへの語りかけがもちろんあるのだが・・・)。 無防備だった自分に、今度は分厚い盾をかざすようになったのです。 そうや...

視野が広がる

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旅の最終日は、7月に世界文化遺産登録になったばかりの 御所野遺跡 に行ってきました。 初めてここに来たとき、 本当にタイムスリップってこのことかと思うほど、 縄文時代に遠い遠い祖先たちが暮らしていたことを思い、胸が高鳴りました。 そして、ああ、この場所いいなあって思ったのです。 今回は、それもあったけれど、ちょっと違う感動がありました。 以前、道場で教わった「時空を超える」というワークがあります。 もしも自分が○○時代に生きていて、現代にワープしてしまったとしたら一体何が見える? というものなのですが(すごいざっくり言えば)、 その逆バージョンで、 自分が生きてきた時代をさかのぼり、 縄文時代という元いた場所へ帰って行けたとしたら・・・と想像。 風が吹き、木々がざわめく音。 風がやみ、肌に感じる暖かな空気。 土間からただよう、火のにおい。 木の実が落ちる音。 鳥たちの鳴く声。 今からおよそ5000年前、人々が暮らしていたといわれる集落。 目を閉じ、耳を澄ますと、 縄文時代に生きていた人たちが感じたものと同じものを、 現代に生きている自分も同じ場所で一緒に感じられたような気がしました。 時空を超えて、いつでもその時代に行ける。 だからこそ、見たこともないものを見たり、住んだことのない場所へ行ったりしても、 どこかに懐かしさや親しみ、そのときの驚きやせつなさ、生きる大変さ、 また喜びや楽しい気持ちまでも感じられるのでしょうね。 ときに縄文の時代、ときに現代、ときに江戸、ときに戦国、ときに・・・ その時代での経験と、いろいろな感情を呼び起こすことができたとしたら、 今の時代だからしょうがない、という時代のせいにする生き方は変わってくるのかもしれません。 いろんな時代を生きた祖先の生き様を想像すれば、 わたしたちはきっと、どんな時代になっても進化していけるのだ。 今回、自分の住む岩手の歴史に触れられたこと、 山に魅せられたことが本当に良かったです。 特に、山の展望台から見える景色は、普段人が見ている現実とは違うということを感じました。 山の視点になると、山と山は意外と近いということ、 町と町にはちょうどいい距離があるということ、 家と家が、人と人のように見えた、ということ。 すべてが生きもののように、すべてが調和し合って存在しているように見えました。 地上からずっと高いとこ...

旅のつづき

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やはり家のお布団はぐっすり眠れます。 今朝は目覚めもよく、お天気もよく、県北に向かって車を走らせました。 高台の見晴らしのよい場所を見つけ、朝ラーメンを作って食べました。 ラーメンには半熟卵と焼き海苔を入れて。 山で食べるとどうしてこんなにうまいのでしょう。 食事って本当に五感で食べてこそ美味しくいただけるんですね。 いわて銀河鉄道線の奥中山高原駅というところに寄りました。 ここは、マロンという犬の駅長さんで有名になった小さな駅。 今はもうマロンはいませんが、 駅のまわりには丹精込めて育てた色とりどりの花が咲き、 冬にはかわいい雪だるまのイルミネーションが点灯し、 マロンがいた時のように、いつ来てもほっこりする駅なのです。 一年の半分以上はストーブがかかせない地域とあって、 待合室の真ん中にはしっかり石油ストーブが鎮座しておりました。 わたしは車であちこち行くわりには、駅を見るのが結構好きかもしれません。 待合室やホーム、歩道橋、改札口、駅前広場など、 駅が近くにあるとつい立ち寄りたくなってしまいます。 改札口から出てくる人を見ては、何の用事で、どこから帰ってきて、 今日はどんな一日だったのかなあ、なんていろいろ想像してしまうのも好き?なんだと思います。 その後はさらに北上し、 岩手県の最北、種市(たねいち)の海を目指します。 久しぶりの海は波が高く荒々しく、近づくのが少し怖いほどでした(サーファーがいた!)。 そして、海と言えば・・・海鮮が食べたい。 お昼はここまできたら肉ではないでしょう〜 ということで海鮮丼をたらふく食べ、大満足でした。 そして、地元のスーパー巡り(できるだけ小さい店がよい)も楽しいです。 ここでしか手に入らないような魚や野菜、手作り惣菜やおやつから、その土地の食生活が見えたりします。 今日の最後の目的地は、車中泊先の折爪岳でした。 オートキャンプ場ということで、ちょっと敷居が高いかなと思ったけれど、 無料の文字を見て行ってみることにしました。 がしかし、門が閉まっていて中には入れず・・・ オートキャンプ場って予約が必要だったんですね。 いつも行きあたりばったりをやっている自分。 そもそも予約のいる場所に泊まるということがなかったので、勉強になりました(軽くショックを受ける)。 仕方ないので、展望台にだけは行ってみようと上がってみることにしまし...

秋旅の途中

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黄金色の稲穂が美しい季節になりました。 のどかな田園風景を見ながら、昨日は室根山(むろねさん)まで行ってきました。 標高895mとあまり高くはない山ですが、 天気がとても良かったので、展望台からは気仙沼港や大島まで見渡せました。 この山にはちょっと憧れがあり・・・パラグライダーができる数少ない山なのです。 この日も結構高くまで飛んでいるライダーたちがいて、本当に気持ちよさそうでした。 ふもとに車中泊をして、 今朝はまた展望台まで上がり(超寒い)、遠くに見える雲海を見ることができました。 ナイアガラの滝のように、風に流された厚い綿のような雲の帯がその下にある町を覆い、 全部のみ込まれてしまったかのような別世界。 神秘の世界でした。 午後からは、 岩手県民ならば子どものころほぼ修学旅行で行ったことがある、と思われる、 世界遺産でもある 中尊寺、金色堂、 そして 毛越寺 へ行きました。 わたしも例外なく、6年生で行ったと思うのですが、ほとんど記憶がなく・・・ 今回、夫も同じく何も覚えていないということで、 あらためて藤原氏三代の歴史を紐解きながら、広い境内を歩きました。 金色堂の装飾を食い入るように見つめ、 極楽浄土を表したと言われる庭園を歩き、ここだけ時がゆっくり流れるようでした。 源義経は、本当にこの地で最期を遂げたのか・・・などなど、 今までしたことのないような夫婦の会話ができたことが、何かとてもうれしく、 特別な場所として刻まれたような気がします。 しかしながら、平泉を堪能するということはかなり歩くことになりますね(くたくた)。 とても遠くへ行ってきたような心地よい旅の疲れを感じました。 「海もいいけど、山もすごくいいね」と山の魅力を今回は再発見。 林の中を歩いていると、もう~森林浴そのもの。 マスクを外し、めいっぱい大地が与えてくれる新鮮な空気を吸い込み、 心も魂も洗い流してくれるような、たくさんの光を浴びながら、 本当に自分って、自然のほんのほんの一部。 小さな存在だけど、ちゃんと生かされていただいているんだなあと思いました。 今晩は一旦自宅へもどり(クール便が届くことになっていた!)、 明日の朝、また旅の続きを再開したいと思います。 今年もお米は豊作だといいなあ。