腹をくくる

何日も前から今日のある仕事をどういうふうにしていこうかと、
行く前に、ちゃんと決心をして臨まなければとすごく悩んでいました。
これまでの経過を振りかえったり、今後どう進んで行けばいいのか、考えることは山ほどある。
時間のあるときにじっくり考えていこうと思いながら・・・あっという間に今日を迎えてしまった。

今日は今日で、今やることがいっぱいあり、
結局、その場所に到着してから車の中で数分間、腹をくくった。
これからの時間は、ある人のために「私」が話す、「私」が守る、という決心。
そして、伝えるべき相手のことを信頼して話そう(魂同士の対話にしよう)ということを決めました。

自分の持ち合わせた言葉だけを頼りに、
「私」がその言葉を選びながら、
そして相手への信頼というなにか包まれるようなものを感じながら、
思った以上に伝えたいことや聞きたいことが言えたのではないかと思いました。

誰かのために、というのは、
自分の身体、口、声を使って、
その人が言いたくても言えずにいたこと、言葉にならないけれどはっきりと感じているものを思い出し、
「私」が代弁していく作業だったように思う。
同情でも同調でもなく、共感。
共感するって今自分がそうしているのかどうか、よくわかっていないところがあったのですが、
「私」がやっていることが、これがそうだったんだと、やっとわかったような気がしました。

今日の時点で解決できたわけではないけれど、
今の自分の全力はここまでなんだと思いました。
こうしたいという気持ちも何もなくそこに自分が居れたことも良かったなあ、と。

このところ、こんなふうに腹をくくることが続いています。
まるで、そういう経験が自分には必要と言われているかのよう。
胸がぎゅーっと締め付けられたり、心臓がばくばくしたり、
不安な気持ち、逃げたい気持ち、何も考えたくない放心状態のときもある。
かと思えばものすごく考えてみたり、また誰かに助けを求めてみたり、
いろんな日があります。
でも結局仕事だから逃げられない(本当に逃げようと思えばできるのだが)、やらざるを得ないというところが、
また何とも言えない設定です。
自分が人生に起きることを設定しているといいますが、本当にそうだなあと思う。

また明日も、設定した出来事に向かってがんばっていこう。























コメント