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言い切る力

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スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさん。 まだ若干16歳ですが、 地球上に住む私たち自身へ、今地球に何が起きているのかいい加減に目覚めなければならないときに来ていると警鐘を鳴らしています。 そんなグレタさんのスピーチ。 本人自ら、発達障害(アスペルガー)であることを公表し、発達障害の特性が強味となってグレタさんをつき動かしているのが分かります。 スペイン・マドリードでの国連スピーチ (2019/12/12) ~と思う。~かもしれない。などといった曖昧な言葉は一切なく、気持ちの良いほど言い切っています。 この力強さ、今の私にも欲しい・・・ スピーチは最初からこうだったのではなく、はじめはとても感情的なものでした(本人もそこに気づいて伝え方を変えている)。 相手に何か本気で伝えたいと思うことがあるのなら、そう言い切れるだけの内容を調べ、事実を考察し、話し方を研究し、あらゆる準備を徹底的に行う。 たった一人であっても、世界中の人へであってもそれは同じなのだ。 そういう体験を、グレタさん級でなくとも、自分なりにやり遂げてみたい。

風邪の治し方いろいろ

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運良く、と言ったらいいのか、土日で(ちょうど休みのときに)風邪をひきました。 のどが痛くて、咳が出て、熱があって、頭が痛い・・・ 体温計が壊れて、いつか買わなければと思いつつ数年が経ち、 体温は測れていませんが、昨夜はたぶん熱が上がったのか汗をかきました。 今朝になって少しすっきりして、調子が良くなってきた感じがあります。 風邪をひくと、いつも生姜湿布というものをします。 生姜(2個くらい)をすりおろして、ガーゼでしぼり(エキスを出す感じで)、沸騰直前のお湯(500MLくらい)に入れ、タオルを浸し、 やけどしない程度のホットタオルを作って喉に当てます。 熱くて首が真っ赤になるのですが、10~15分くらい繰り返し行い、喉にだけ集中して血液を集めます。 その後布団をかぶって寝る(汗をかきたいときはすぐ寝たほうがいい)・・・これで、ほぼのどの炎症は緩和されていきます。 1回で痛みが取れるときもあれば、手当が遅かったときは生姜を新しくすりおろして日に2~3回行うとほぼ良くなります(具合が悪いと、結構この手間はしんどかったりするが)。 このような原始的な自然療法が昔から結構好きなのだ。 早く治したいときは薬も飲むし、病院へも行くのですが、 なんとか自然治癒力を信じてやってみようか、と思う時(そういう気分になる時)が往々にしてあります。 娘が小さい頃は、よく熱がでると白菜を頭に敷いて熱を下げたり、 咳にはレンコン汁、寒気には大根湯、お腹の冷えには葛湯等々、できるだけ薬を飲まないで手当てをしていました(娘の意思とは関係なく)。 その度に夫が「大丈夫なのか、そんなので・・・」と微妙な顔をして、でもある程度信じていないわけでもないのか、 結局、ぶつぶつ言いながらも野菜を買いに行ってくれました。 今では、喉が痛いと言うと「生姜買ってくるか?」と聞いてくるまでに。 今日は、最近肉食が続いていたので、干しシイタケスープを作って飲みました。 体に染み渡るような、やさしい味が美味しく感じる・・・ スープと、しゃれたネーミングになっていますが、 単なる干しシイタケを戻して煮て、濃い色にしたシイタケ味の飲み物です。 マクロビオティックの考え方では、体が陰性か陽性かに傾くと病気になりやすく、そこを中庸にしていくために食事でバランスを整えていきま...

やっていないのは自分だった

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自分がやっていないことを相手に求めている、と思いました。 自分ができていないのに、相手にはしてほしいと思っているパターンがいた。 もっと感情的に言うと、 私はまだ変わりたくても変われていないから、あなたが先に変わってちょうだい 私もいつか変わるけど、あなたも変わってね・・・ みたいな感じです(この傲慢さ、すごい)。 このことが、突然天から降ってきたようにわかった。 道場で学ぶ友人の日記に、その天からのメッセージがありました。 しかも、読んですぐにではなく、少し経ってから気づく。 マーガレットさんの『自生塾Blog』→ きっかけ なぜ、この時間差があったのか・・・ それがパターンの威力、錯覚を起こす力、思い込みのすごさ。 『自分がやる』『変われるのは自分だけ』そう私は思っているからこそパターンへ語りかけをしている、 そこはもう自分のものになっているという思い込みがありました。 思い込んでいるので、 以前の自分ならば相手を変えようとしていたけど、今の自分はしていないという前提のもとでその日記も読んでいます。 でも、もう一度読んだときに、 あれ、私まさに今、この『自分がやる』ということやっていないんじゃないの?と思ったのです。 ●反応がほしい、と相手に望むパターンは、あきらかに相手に変わってほしいと思っている自分(パターン)がいるということですよね。 ズバリ●自分の思い通りになってほしい、というパターンが自分の中に居ました。 これは、自分にとってとても根深く重要なパターンです。 このパターンを消すためにやっているのではなく、選択できる行動できる本当の「私」を育てているんだ、 それを再度認識したとき、ちょっと笑えなくなってしまいました(1回目に読んだときは、あるある~と笑えたが)。 『自生塾Blog』→ 黒い部屋がそこにある限り そして、この日記の「(黒と白があって完全なる一つ)そこを意識していこうじゃありませんかー」 というフレーズにとても勇気がでました(これも2~3回目で、実感)。 なんとも、気づくタイミングがずれてはいますが、 マーガレットさんの明るい声かけに大いに共感し、またしみじみ言葉をかみしめています。

自分をさらす練習と、伝え方の練習

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今ケアをしている●反応がほしい、という パターン 。 先日、共に学ぶ仲間だからこそ、何でも言ってほしいのに・・・と、 言ってもらえることが普通なことで、言われないということは無関心(嫌われているのかもしれない)と思っているパターンがいました。 このパターンは、寂しさと同時に孤立感も感じています。 ゆっくりと丁寧に語りかけをしていくと、大人の自分がどんどん小さな女の子(8歳くらい)になっていきました。 寂しそうに一人ぽつんと立っている私。 この子(インナーチャイルド)に会いにいき、今そばにいてあげています。 再び、『パワーか、フォースか(改訂版)ー人間の行動様式の隠された決定要因ー』について。 人間の日常的な心構えとそのパワーは、時にスピリチュアルな葛藤を生じさせるといいます。 スピリチュアルな教えのすべてが、悪意や憤り、妬みや嫉妬といった低い領域の感情に向き合い、そこから離れるよう忠告しています。 そして、人間は離れたい(変わりたい)と思いながらも、誘惑に負けやすく、 それは、人間は性やお金など嗜癖の領域に、はまりやすいという特徴に象徴されていることでも分かります。 そのはまりやすさ故に、 例えばアルコール中毒の方ならば、断酒会などの自助グループというものが生まれ、 そのグループで共に学び、絶え間なく自分の意志で変わるという決意を選択していく。 こういったグループの共通の特長、成果を見ると、人間は何かしらのスピリチュアル性と関わらなければ回復は見込めないということが分かるのだそうです。 ーーーーーー 一般的に、意識をあげるプログラムに関して言えることは、本当のことを言わない限り人間は無力であるということです。すべてのスピリチュアル志向の自助グループは、これを第一段階として求めています。進歩するためには、偏見のない心と向上する意欲が必要であることにおいて、彼らは一致しているのです。 ーーーーーー(本文より) 私は自助グループに参加しているわけではありませんが、 この言葉には、あなたはそこで、本当のことを言っていますか? さらけ出していますか? と言われているような気がしました(これは、スピリチュアルな葛藤のほんの一部分である)。 言う、話すといっても、相手に自分のことを伝えるときは、相手への敬意をもって話すという...

意識が現実をつくり出す

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いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。 昨日は、『魂の道場』岩手クラスでしたが、仲間から感想を言われ、 読んでくれている人がいるんだ、とあらためて実感しました。 そして、学び合う仲間からの言葉を欲しがっている自分がいたことに (これは、何かアドバイスして欲しい、反応してほしい、褒めてほしいとかのパターンだが) 気づくことができました。 いつも皆さん、ありがとうございます。 根拠のない自信「なんだか分からないけれど、やっていけるような気がする」というものの大切さを学びました。 昨日、カウンセラーになろうと思ったときのこと、日記を書こうと思ったときのこと、どういう気持ちで始めたの?と聞かれ、 正直何も考えていませんでした・・・と言ったような気がしますが、 後から、これだと思いました。 好きなことだからやりたいし、なんかよく分からないけどやれるような気がする・・・ そんな、軽い感じと、軽いけれど確かな感じもあったと思いました。 仕事では、「その根拠は?」と聞かれる場面があります。 根拠とするものをはっきりと言えないと、説得力がない(意見が通らない)ということなのでしょうが、 これをとっさに言われると大体どもってしまうか、口に出るのは薄っぺらい理由(苦しまぎれ感がある)。 いつでも、根拠さえ示せるようにしておけばいい、と言われたりもします。 先日、そういう問われる場面があり、 もうこれしかないと思い、「うまく言えないのですがー、勘です」と答えたことがありました。 だってそうだから、としか言いようがない・・・と心の中でつぶやく。 その時の自分は生意気で、偉そうで、もしかしたら不誠実に見えたかもしれないのですが、 相手の方は、黙って自分の言うこと(提案)を聞いてくれました。 相手の真意は分かりませんが、根拠がなくても通じた、とても貴重な体験だったと思います(次はそうそうないと思うのだが)。 何かをしようとする時の、心の軽さ、重さは、見えないものからの応援をもらえるかどうかの指針になります。 仕事上では、相手を納得させるちゃんとした根拠が必要とされますが、 自分自身を納得させるものは、心にひっかかりがないか、抵抗感があるかないかということで充分なのだと思う。 理由を言わずとも、もうすでに自分はそれがやれる、...