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昭和家族の年末年始

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明日はもう新年。 いつもより少しだけ台所をきれいにし、スーパーへの買い物も行ってきました。 今年最後のチラシ配りも何とかできて、ほっとしています。 大晦日の夜から元旦にかけての街の静けさ、とてもいいですね。 そして、正月と言えば、餅。 今年もくるみをすって、くるみ餅にして食べることをすごく楽しみにしています。 あと、食材としては、いくらとセリがあると私の中では、ぐっとお正月気分あがります。 年越しそばやお雑煮にのっけて食べたいなあ 自分が小さかった頃、大晦日は決まったルーティンがありました。 夕方になると、父からお風呂に入るようにと促されるのですが、そのとき必ず 「一年の垢を落としてきなさい」と毎年の決まり文句が・・・ どうやって一年分の垢を落とせるんだ?と、こちらも毎年思うのでした。 父と母は着物に着替え、母は着物の上に白い割着を着ていました。 私はその母の姿がとても好きでした(美しかったし、誇らしかった)。 そして、神棚に二礼二拍手一礼をし、 待ちに待った夕飯では、父がはりきって今年の我が家の10大ニュースの話をする(これが年頃になると、面倒くさかった)。 その後は、紅白歌合戦を見て、途中こたつでうたた寝しながら(後半、演歌歌手だと寝る)0時を回って正座して、新年の挨拶。 こうして振り返ると、結構、厳格な昭和の家族だったのかもしれません。 両親の大晦日、正月とはこうであるべき・・・ というものに何の疑問もなく暮らしてきたんだなあと感じます。 幸いにも?夫にはそのこだわりが全くなかったので、小さい頃からの習慣は、ほとんど自分が楽なように変えてしまいました(餅を食べる以外は)。 今年一年、ブログを読んでくださり本当にありがとうございました。 どうぞ、皆さま、良いお年をお迎えください。

やすらぎのポーズ

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昨日は今年最後のヨガ教室でした。 たくさん汗をかいた後は、少し長めのやすらぎのポーズで休息をします(ポーズ名はヨガによって違うらしい)。 仰向けに寝て、足を少し開き、手も体から離し、目を閉じ、完全な脱力状態。 このやすらぎのポーズが楽しみで頑張る一時間、といっても過言ではないくらい、 まさにやすらぎのひとときなのです(必死で寝てしまわないようにしている人、多いと思う)。 インストラクターの先生が、体の名称を言いながら力がちゃんと抜けるように誘導してくれるのですが、 「眉間の力身を手放し・・・」 と言ったときのこの部分、パターンの語りかけをしている時の自分の体の状態と、とてもよく似ているなあっていつも思うのです。 「そんなあなたのことを・・・」 と語りかけワークの中で、本当の「私」がパターンへ理解しているということを伝えていくところがあるのですが、 そのときの自分の眉間が、なぜかとても広がっていくのを感じます。 やすらぎのポーズのときの、この眉間が広がる感覚は、 考え事から放されて、体と心が一つになっていくような大地に沈んでいく心地良さ。 語りかけワークのときは、 少し目の前が柔らかく、明るく開けていって(まぶしさはない)、とても落ち着いた感じがあります。 こうして詳細に表現してみると、ちょっと違うところもありました・・・ 共通しているのは、インストラクターの先生から発せられる言葉と、自分が発する言葉、どちらも言葉が体を変化させていくということ。 言葉の持つ力が五感を通して体に影響を与えている。 すごいなあと思います。 眉間からはじまる(広がる)世界。 感じ取る私の体も、すごい・・・偉い・・・ちゃんと機能していることに感謝。 来年も汗をかきかき体を動かしていきたいです。

ひとりで生きる

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江原啓之さんの本を、本屋さんで立ち読みしました。 どの本に書かれていたか忘れてしまいましたが、 子どもが巣立った後に生じる、ぽっかり心に穴があく『空の巣症候群』の相談話。 外国では、往々にして、夫婦の絆の元に子どもが存在しているという考えに対し、 日本では、夫婦関係をおろそかにして子どもへ愛情を注ぐ、ということがあるので(一概には言えないとは思うが)、結果としてそうなってしまうということ。 子離れできない親にとっての、子どもの自律は、 子育てを終えたという安心感よりも、喪失感や虚無感、その後の孤独感というものに悩まされてしまうようです。 江原さんが言っていたのは、その孤独感を手放しなさい、というものでした。 自分が作り上げたものは、自分で責任を持ちなさいという意味なのでしょう。 そして、もう子育ては終了したんだという自覚と誇りをもって、自分のための人生を生きていくということ。 振りかえってみれば、 毎日食事を作り、お弁当を作り、洗濯をし、PTA行事に参加し、部活の送迎をし、子どもを通して人間関係もそれなりに培ってきた・・・ コミュニケーション力、社会性、同時に2つ以上のことを行うスキル、忙しさの中で楽しむ力、体力気力、など、 ひとりで生きていく力は、充分に養われてきたことに気づかされるのではないかと思います。 子どもの自律が、孤独へつながり、自分を苦しめるもの(悩ませるもの)ではないことが分かります。 そしてまた、それをきっかけに、これまで見ないようにしてきたものに目を向ける生活が始まるかもしれません。 こうした『空の巣症候群』は、夫婦、自分と親、仕事、社会など対象となるものは、さまざまあると思いました。 対象となることへの期待が強ければ、落胆も大きく失望も深いかもしれません。 人と関わりながら生きることは避けられませんし、そういったつながりがあって豊かな人生になることも知っている。 だからこそ、人と共に生きる中で、ひとりでも幸せに生きられる術を得ていなければならないのだと感じました。 相手がいて幸せになれる人生ではなく、 ひとりで向かう先はどこなのか、どうありたいのか、 少しずつ、志なるものを確立させていきたい、そうなっていきたいです。 クリスマス、お正月と、家族や自分が出会った人たちのことを思う機会が...

クリスマスプレゼントの論文

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思いがけず、卒論の協力をさせていただく機会がありました。 発達障害における職場定着についてです。 発達障害でありながら定着して働いている方たちと、その企業担当者へも協力していただきました。 ヒアリングやアンケートを元に、とても素晴らしくまとめていただき、ご本人たちや企業側の自分が知らなかった一面を見聞きする機会となりました。 とてもありがたいことでした。 普段、インタビューを受けるなんてこと、滅多にありませんので、 密かに、これは楽しいかも・・・と思っていたら(興味本位で申し訳ないが)、ご本人たちもやはり楽しそうでした。 「もし話したくないことがあったら、無理に答えなくてもいいですよ」 と言われても、皆さんデリケートな問題ほど、詳細に丁寧に答えていたように思います。 他人に話すことで、過去の自分が客観的に見えたこともあったかもしれません。 後から振り返って感想を聞くと、 「自分の経験が、世の中の役にたつのかもしれない、と思うと嬉しかった」 こんなことをさらっと言うなんて・・・ とても誇らし気で、まぶしく見えました。 卒論は、恥ずかしながら自分が答えた部分もありました。 それに対しての学生さんの考察や感想を読むと、他人が感じ取ったものというのは、元は自分のことなのに、何か別のものに変換されるような感じがありました。 肉じゃがを作ったのに、翌日、つぶされて肉じゃがコロッケになっているような(具材は同じなのだが、美味しさが増す)。 そのあたりが、受け取った側の感性というか、個性が表れるのですね。 私が、障害者雇用に対しての古い価値観の殻を、企業がどうしたら破れるのかあの手この手で模索している部分について、 批判的な気持ちはあっても、関係性を決して崩さないようにむしろ親しくなっていこうとするのは、あくまでも自分の仕事は橋渡し役だからということ(安心して渡ってもらう橋)。 この、自分が言葉にはしていない部分を、学生さんが正確に、 いえ、そこに含まれる心情を想像し読み取ってくれたこと、的確に言葉で表現してくれたことにとても感動してしまいました。 素直にうれしかったです。 これは、私にとってのクリスマスプレゼントだなあって思いました。 その橋渡し役、と言っている私ですがー 本当に本当に数えきれないほどの失敗があります。 ...

どんな暮らしはどんな働き方か

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自分が得意なこと、好きなこと、やりがいを感じられること、そういうことを第一に考えて就職先を決めていくものだと思っていましたが、 『どんな暮らしをしたい』で考えて良いという境野今日子さんの記事を読んで、なるほどなあ・・・って思いました。 なるほど、と思ったくらいなので自分はそうしてこなかったと思っていたのですが、 若い頃を思い出してみると、ありました。 初めて就いた仕事の、美容師がそれに近かったです。 手に職を付けたい、最先端の技術を磨きたい、とか言って東京へ出るための口実を考えたと思いますが、 なぜ美容師だったのかという本音のところは、 髪の毛を好きな色に染めて好きなヘアスタイルができるし、好きな格好ができる、 そんな毎日が許されるのは、美容師しかいないと思ったのでした。 その後、好みは年齢と共に変わりましたが、 どんな服を着て仕事へ行くのか・・・ということが自分にとって重要なポイントになっているのは、今も昔も変わりないように思います。 スーツやかちっとした服、ヒールのある靴で仕事をすることは耐えられません。 要は、体にストレスのない楽な服(体型は崩れるが)。 自然素材のものを好きで着ているので、 仕事でも普段着とさほど変わりない服装がいいし、色も好きな色だと落ち着きます。 どんな暮らし、を考えられる人は、自分を幸せにするルーティンがあったり、 自分のための時間の使い方を知っていて、趣味などが必ずあったりするのでしょうか。 そう考えると、ルーティンも時間の使い方も、自分にはこれといった自慢できる趣味なども、特に思いつかないのですが、 その代わり、仕事をしているときはどう在りたいか、どう時間を使おうか、これやりたい(趣味に近い感じなのか)、 働いていることが楽しいんだなあと思います。 そうして、仕事をより快適に行いたいために、家でゆったり充電できる環境(暮らし)がしたいと思うところがあります。 ときどき小旅行でリフレッシュして、きれいなものをたくさん見て、美味しいものをたくさん食べ、歴史を感じて今を感じ、自然の中に漂う・・・ 出来るだけ長く働いて暮らしたいと思うからこそ、だと思います。 今は良い仕事をするための暮らし方、になっていますが、 段々と、やってみた...