何があっても

こうなったら怖いな、と思うものはいろいろあります。
どうしてそんなに恐れるのか?
その先、自分がどう生きていけばいいのかわからないから、なんだと思う。

もしも仕事を失ってしまったら?
まず、お金どうするの。人とのつながりどうなるの。
仕事を失うって、他にもいろんなことを失っていくのかもしれない。

でも・・・
『失う』だけの世界ではない、ということもわかっている気がします。
失うこととは正反対の世界も必ずそこにあると思っています。

もしかしたら、自分の本当にしたいことがはっきりわかるかもしれないし、
今まで経験したことのないような豊かな時間が用意されているのかもしれない。
そんなふうに意識を向けると、
どうにかなるかもしんないなって思います。

また、家族のだれかが死んでしまったら?
これも耐えがたい恐怖です。
実際に父が亡くなってどうだったのかといえば、
すごく寂しいけれど、
父は喜んで旅立ったような、今は安心しているような、
それどころではないほどあの世で何か一生懸命になっているような、
そういうものを感じて、人が死ぬということが以前よりも不幸せなことではないとわかった気がします。
だから寂しいけれど、寂しさは持ちながらもなんとか前を向いてやっていくのだと思う。

そして、自分が病気になってしまったらどうなってしまうか?
これも、病気であっても精一杯生きられるまで生きるだろうなと思います。
今より深く自分を見つめながら、自分のために誰かのために寿命がくるその日まで生きる。
思うような体調や体力ではないとしても、やはりそれなりに暮らしていくのだと思います。

こうして想像してみると、
何があってもやっていけるかもしれない、自分。って思う。
どんなに怖いことが起きても、
あなたは怖いって思っているんだね、とちゃんと言える「私」でありたいです。
怖いからこそ、不安だからこそ、
これまでがんばって生きてきた自分に堂々と胸を張りながら、
のびのびと、軽やかに、自分にしか生きられない人生を歩くのだ。

それができる自分になってきているのかも、と思っているし、
そうなっていきたい・・・です。



甘いのとしょっぱいの



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