たんたんとやる

今日はなにかとても、
たんたんと仕事をした一日でした。

普段、事務仕事の時間も多いのですが、
人のことであれこれ考えながら何かしらやっている時間が、
大半を占めていると思います。
そんな中、「たんたんとやれた」という感覚って何だろう?

あまり感情がさわがないとか、
深刻に考え込まずにやっているという感じだったかもしれません。

自分のパイプに他人を入れない(または他人のパイプに自分が入らない)。
これを日々意識しているのですが、
パイプというのは簡単にいうと、自分と天をつなぐようなものがあって、
自分のパイプはみな、自分だけのものです。
自分が見ているものは、自分だけの世界ということになります。
みんな生まれてきた目的も課題も違うので、
みんなぞれぞれにそれがあって、自分の中の世界で物事を見て捉え、
そして、時に天から後押しをもらいながら成長しているのだと思います。

その自分のパイプの中にちゃんと自分が居ながらして、
他人と会話をしたり、サポートをしたり。
他人との間には透明な壁があって、
相手が見えているけれど、自分の場所は変わっていない・・・そんな感じでした。

パターンで行動しているときって、
自分の中に他人を無理やり入れて、何ならそこに長らく居座らせているということをやっています。
または、その逆もしかりで、
他人のパイプに土足でおじゃましている(そこでああだこうだ言っている)。

そうなると、
自分の価値観に他人を合わせようとしたり、
他人の人生を自分の人生に合わせようとしたりしてしまいます。
それって、本来はどちらにとっても居心地が悪いものなのです。

気づくと、平気で自分のパイプに他人を入れてしまうのだけれど、
とても不自然なこと、窮屈なことを自らやっているのだと思いました。

でも、そういうものが無い・・・
となるとどうなるのか?

パイプの中はすっきりとし、
他人を冷静に見る、理解できる目も備わり、
天からの後押しも得られやすくなっているのかもしれません(詰まりが取れるから)。

これがもしかすると、「たんたんとやる」に近い感覚かなと思いました。
現実には、相手のことをいろいろ考えてはいるのですが、
どこか距離感があり、透明な壁があり、
自分の中にはその人は入ってはいません。
入らずに対応を考えているという感じです。

私の解釈になりますが、
はじめて、たんたんと~の意味がわかった気がしました。

明日も、自分のパイプに他人を招き入れないように(←油断すると大勢入れている)。
また相手のパイプにも図々しく入っていかないように。
自分のいる場所で世界を創り、
自分だけの人生を創っていきたいです。


えびと菜の花のアヒージョ うまっ!







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