桜を見ながら

桜の花があちこちに咲きはじめ、
いつもの街の風景が、この季節は明るく華やいで見えます。
でも、土日の雨でせっかく咲きかけた花はかなり散ってしまい、
桜の身になってみれば、満開にぱーっと咲きたかったんじゃないかと残念な気持ちになります。

桜のように毎年注目される花もあれば、
誰の目にもとまることなく、終わってしまう花もたくさんあるわけで、
きれいだね、今年も咲いたねって言われることもなくその季節を終える花って、
もし人間だったら、何か寂しい気持ちになってしまわないかと思ってしまいました。

自分がそうなのですが、
褒められたり、何か声をかけてもらったり、自分に関心を示してもらえると、ちょっと嬉しくなります。
そこから自信につながったり、自分の存在をより確認できるようになる、ということはあると思います。
だから、他人から反応してもらえることは、
例えそれが注意とか指摘とかであっても、無視をされたり反応がないよりは何かしら自分を高められるような気がしています。
ただ、そこを求めてしまうようだと、それは自分のパターンということになりますが・・・

他人とのやり取りがもしも完全に無くなってしまったら、
自分の存在をどれだけ感じられるだろうか。
自分一人ではかなり難しいのではないかと思います。
いろんな人がいて、自分のいろんな感情が動かされ、
そこにパターンがあることを知り、見えない自分を深く知ることができる。

花が誰のためでもなく季節がくればそこで咲いているように、
人も、誰に何を言われても、また言われなくても、
自分の道を進むことになっているような気はします。
その反面、その道を進むための道しるべというか、
導いてくれるものとして、他人からの言葉や存在から教わるものは大きいですので、誰と出会うかも大きいですね。

明日からはまたしばらく晴れの予報みたいなので、もう少し花見を楽しみたいと思います。
写真は、裁判所前の石割桜です。









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