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私の体の記録①

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今日はここ2年くらいのところの 自分の体のことを記録しておきたいと思い書いてみます。 (とても個人的な話ですみません‼) 母の認知症もあって、仕事帰りに実家へ寄るという生活が、 ときどきから年中無休になっていった頃。 私の体は頭痛やときどきおこる動悸・息切れがあって、 ちょっと無理はできないなあって思うようになっていました。 (見た目はいたって元気なんですが) 鍼灸にも通い、少しは調子がいい日もあるようなないような。 そうして何とか市販薬でごまかしていた2年前の冬 突然ひどい頭痛に襲われ・・・ それがインフルだったため、それをきっかけに かかりつけ医から頭痛薬を処方してもらって飲むようになりました。 楽になるからといってあまり続けて飲むと、 その副作用で頻繁にまた頭が痛くなるらしく、 かといって、我慢するタイミングを間違えると吐き気までしてきます。 こうなると1回の薬を飲んだだけでは治らず、結構しんどい。 ある日、薬局の薬剤師さんとの話から、 専門の頭痛クリニックがあることを聞きます。 その薬剤師さんも頭痛で仕事ができなくなるくらいつらかったのが、 そこへ行ってすっかり良くなったというのです。 そうか、専門のところに行くという手があったな。 期待しながら行ってみると早速CTを撮り、 お~さすが、専門医~(ますます期待感)。 画像を見て言われたのは、 「あなた、鼻がつまっていない?」 頭や脳の血管には異常はなく、鼻の異常を指摘されたのでした。 たしかに、鼻づまりは今にはじまったことではない。 この鼻声も、幼稚園のときから、 当時のアイドル桜田淳子さんに似ていると言われてきた筋金入りのもの。 頭じゃなく、鼻か!と。 頭痛治療もあまり気持ちがいいものではなかったので、 私が行くべきところは耳鼻科だと行く先を変えたのでした。 代々続く市内の耳鼻咽喉科は、 先代の先生の時に、父が副鼻腔炎手術をしていて、 その時入院中の父の写真を小さい頃に見たことがあります。 唇をめくってそこにメスを入れて、がばっと鼻までめくり上げ手術をしたと。 当時、父からその話を聞いてなんておぞましいことなんだ ととても怖かった記憶があります。 そのおぞましい手術をしましょうと言われたらどうしようという不安と、 (今は内視鏡でやるそう) でも父も祖母も縁があった病院だからきっと守ってくれるという願いと、 ...

お知らせ 〜カウンセリング体験〜

今週末のお知らせです。 13日(日)10:15〜11:15やはぱーく会議室 60分カウンセリングの体験ができます。 今回は当日の申し込みもOKですので(但し1名様限定になりますが) カウンセリングってどんな感じ?とご興味ある方もぜひどうぞ。 不釣り合いな広〜い会議室でお待ちしております。 ★ ←こちらからご連絡下さい! この頃は悩み事はAIに相談する方が増えて、 生身の人間にはしないという方もいるみたいです。 それで解決できることもたくさんありますよね。 特に効率的、合理的な回答は得意分野ですし・・・ 私も仕事では使っていますが、 ちょっとこんな時AIに聞いたら何て教えてくれるんだろうと、 本当に些細なことをサクサクと相談したことがありました。 その時の答えの多さにもうびっくり。 さすがだなあ〜って驚きと、 どの答えも飛びつきたくなりました。 でも、本当にそれでいいのかと、 心から魂から、自分がそれをしたいのかと思うともはやそれらは借り物のような無機質さを感じ、 急に覚めていった体験があります。 もしもAIにどうしても聞きたいときは、 聞いた後にその最もらしい視点ではないもの 全く別の視点は無いか?と探してみるのも一つかもしれないと思いました。 飛びつきそうになったわりには、じわじわと何か違うかもと思った答え。 自分のそのアンテナを信じ、 今の自分がどうありたいのかに一番近いものを自分の言葉で探して創る。 カウンセリングってそういう自力で探す、感じ取る、 己を発掘するような場を与えられるような気がします。

ささやかなこと

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この頃、夕焼けがとてもきれいです。 帰り道、車の窓から眺めていると、 会社を出てから家に着くまでに ほんといろんな夕暮れを楽しめます。 数分しか経っていないのに 空がどんどん変化していく様子がわかり、 女心と秋の空ってこのことかと思ったりします(昭和の人だな)。 移りゆくものを見ていると、 今日の自分も明日には また違う自分として生まれかわっていくこともできるんだなって思う。 最近は、毎日語りかけてきた主力のパターンを、 曜日ごとに、一日1つにしてじっくりやってみています。 これがなんかとても新鮮でいいのです。 慣れているパターンも、 一週間経って新たなまた素直な主張も聞けることがあって 今はこのやり方がしっくりきています。 過去のやり方に引きずられることなく、 こうしてみたいなと思うことをそのまま試す。 その直感はなかなかいい線行っているような気がしました! ささやかなことで生まれかわってみています。

みじめさのなかではじめて生きる

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数ヶ月前までは、 今、何感じている?という問いかけを そんな一日に何度もできるだろうかと思っていましたが・・・ 不思議なことに、 そこに意識を向けることが今は日課になっています。 そうしたいという「私」の意思が、 だんだん練習と共に習慣化され、気づいたらやっているのですから、 できそうにない~という不安は「私」ではなかったんだなと あらためて思いました。 そして、意識を向ければそこが拡大されていくということも 本当にそうだよなあって思います。 『くもをさがす』西加奈子著 岩手クラスで今、まわし読みさせてもらっている本です。 西さんがご自身のガン体験を書いているのですが、 その本の中で湧き出た心情を、 誰かの言ったことばや話、 本に書いてあった文や曲の歌詞に換えて たびたび行間に太字で載せてありました。 あえてそうした表現をすることで 客観視したかったのではないかと思います。   みじめではない  と思いたい。  だのにひとは  みじめさのなかではじめて生きる。   (安水稔和 ー生存のための歌ー) その行間の文は、私にとって『魂に響く55の言葉』のようでもあり、 今、何感じている?の問いを 表現しているようだと思いました。 みじめだと思うこと(そういう気持ち)に正直になることは、 その中で生きている自分という人間を感じること。 感じて、感じて、やっと、 そこからどうありたいのか生き始めることができる。 またこの本からも応援されている自分です。 黄色と紫の組み合わせって、好きだー!

ほんの少し気分よく

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ふとした時に、見ていたTVドラマのセリフが気になったり、 開いたページの文章にはっとさせられたり、 義母が言ったことばにうるうるしてしまったり・・・。 パターンに飲みこまれそうになっても (いや、もう飲みこまれっぱなしだなという時も) 「私」をとり戻せと、 何かに応援されているような、 背中を押してもらっているような気がすることがあります。 そうして何度も何度も大事なことを思い出す。 ありたい自分ではない時も、その後にまた思い出すのだ。 結論を急がないように言い聞かせて、 うまくいかないこと(ってパターンが言っている)が続いても、 腐らないでやっていこうと、 散歩中の犬のまっすぐな眼差しを見て、また励まされたりする。 思うようにいかないのは体もしかりで、 まだまだ若いんだからと言ってくる人の声には耳を貸さない。 自分の体は、自分が思うただひたすら好きなことをさせたり、 または気になったことや少しの刺激を与えたり、 最低限のことだけやっては後は放り出してみたり・・・。 毎日何かしらの気持ちを感じ取るたびに、 体は体でバランスを取るようなことをやっているなって思う。 本当に健気な自分の体。 心と体はやっぱり1つでつながっていると思うから、 嫌だなと思う(パターンがね)心があっても、 その裏にはいいなとちゃんと感じられる心があるように、 体も不具合の裏には、 ちゃんと働いて自分をいつでも元気にさせることができる細胞もある。 明日のことを考えずに、 今日だけをほんの少し気分よく過ごすためのことをやっていこう。 プラスチックのお皿が「こういう日もあるさ~」と言ってくる