得たものを失う怖さ
何かを得ると、それは自分の能力や努力がもたらしたもの、
だと思っていることがあります(それもあり、だけど)。
同時に得られたことで、今度は自分が何かの誰かの役に立つよう、
それを使っていこう(それに相応しい自分になっていこう)・・・
ということを意識するようにも思います、はじめは。
そうなったことにも感謝しているし、
自分一人の力ではないことなど、全くもって分かっている。
はずなのに・・・です。
その謙虚さも感謝の気持ちも、向上心も、
得たことへの慣れというかで、だんだん小さくなっていくんだな、これが・・・。
しかも、順調に、思い通りになっていけばいくほどに、
自分が人より優れているような気がしてきて、
自分が良ければそれ以上は気付かない、傲慢な部分が出てきます。
そんな風に変わってはいないと、
どんなに自分を律して振る舞ったとしても、
心の中では、自分をちゃんと見ることができなくなっています。
自分が得たものがプライドとなって盾となり、
他人を認めることはできず、
だんだん大事なものが見えなくなってしまうのだと思いました。
そうやって、やっと自分のしたことへの違和感を感じ、
何か違っているとやっと気づきはじめ・・・
今度は、その得たものを失う怖さも感じはじめます。
でも、この失う怖さに気づいたら、
ここで自己観察をすればいいのだと思いました。
他人ではなく自分を見ようと決心すると、
もう向かう先が変わっていくのがわかります。
真実(現実)が見えていって、
自分のしていることがわかり、
それを受け入れることから、心が開かれていくように思いました。
自分の良心に背く動機、考え、行動を認める。
賞賛や共感、評価や承認など、
自分のためだけのもので囲もうとしていたことを認める。
得たものを失うことが怖い。
そう感じたときは、なぜ怖いのか不安なのかを見た方がいい(と言い聞かせる)。
やってしまった・・・と思ってもすぐに軌道修正して、
自分の向かう先を確認していこうと思いました。
ネガティブな感情は、
こうして自分自身へ進むべき道を教えてくれるんですね。
自分の行きたい先はそこで良かったのか?
失う怖さを感じられたら、
手放せない何か(しがみつきたい何か)があるということ。
何を捨てていけばいいいのか、考えてみよう。
それがプライドだったら、
プライドではないものを使って、自分がどうありたいのか?
そう考えていこうと思いました。
シトロンさんのしっとりアップルパイ♪ |
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