寄り添うべき相手



昨日は、同じ24時間なのに、
とても長~い一日に感じました。

カウンセリングを学ぶ仲間の、それぞれに課せられたものが、
自分事のように感じたり、
ときに、冷静に客観的にながめている自分がいたり、
そこから、何を自分が得ていけばいいのか?
いろいろ考えさせられる岩手セミナーとなりました。

今回のセミナーで、
これは話したい(近況の悩み)と思っていたことがありました。
自分が全く気がついていないことへの指摘をもらいたい・・・

でも、いざ話しはじめると、
ん??なんかこういうことを言いたいわけではない、と感じる。
話す前には予期していない、感情が大きくゆれます。

「自分が傷ついたっていいじゃない。
だって、自分でケアすればいいだけのことだから」
話しの途中で、先生から言われて、
なぜか、泣きたくなる自分。

傷つくことを恐れている、とは思いたくない自分がいました。
そんなはずはないと思っていた。
だって、もしも傷ついたとしても、
わたしは自分でケアすることができるから、大丈夫なんだと、
そう、思いたい・・・
怖いと思ってはいけないパターンがいた。

こういうとき、つくづく思う。
「私」の魂は、自分の課題がわかっているんだなあって。
そこに向かうために、
問題をすり替えずに、先生の口を借りて(当然、先生には見抜かれている)、
ズバッと核心にふれていく・・・ということがあります。

自分のパターンを見逃しては、なんにも前に進めないのですね。
ひとりぼっちにされたパターンは、
そんな感情は無いものとされ、どんなに心細かったことでしょう。
ここのケアをしていない自分は、
その先のことに目を向けても、土台はぐらぐら・・・

周囲のこと、相手のことに意識が向っているとき、
自分のケアは万全ですか?と次は聞いていこう。
一番寄り添うべき相手は、自分ですね。





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