複雑に見えるものを、簡単に
おかげさまで父も小康状態になり、
食事のときはベットから起きて、車椅子で食べられるようになりました。
食事のときの姿勢ってとても大事なんですね。
まっすぐ体を起こすというだけで、
大部スムーズに喉を通るようになりました。
食べれる姿を見れるのは、本当にありがたいことです。
ばたばたした日々が続きましたが、
こういうときに限って(これって宇宙の法則なのか?)、
本当になんで今なのか!と思うほど、急ぎの仕事が入ってきます。
しかも、これまで対応したことのないものが・・・
先日の、延命治療をするかどうかのせっぱ詰まった状態のとき、
私は一人、少し薄目を開けた父に向かって、語りました。
これからどうしたらいいか、心細く思っていること、父ならどうするのか、
そして仕事のことも、
とにかくたくさんのことを父に話し、泣きました。
すると、父は突然、かすれた声で
か・ん・た・ん・だ・・・
「・・・簡単だ」と言ったように聞こえたのです。
ん?今のは、なに?
簡単だって言った?
それって、どういう意味なのか、意味はないのか、
偶然言っただけなのか。
そのときはわかりませんでしたが、
今になってふりかえると、難しいことじゃないぞ、と言いたかったのかなと思いました。
自分が感じたこと、思ったことをそのまま行動にとっていった数日間。
もちろん、パターンはさわぎ、感情も静まらないこともあったけれど、
なにかとてもスムーズにいろいろなことが進んでいったなあと思います。
簡単なことだった、とは言えませんが、
自分がそう思っていると誰かが動いてくれたり、
動いたことにつながって、また自分が落ちついて選択できたこともあった。
いろんなことが続いたけれど、
複雑にしていかなかったことが、とても良かったと思いました。
一つのことに感じる心があって、
それを軽く明るく広がっていくようにすると、
自分の取る行動が決まります。
そして、そこから、
また違う一つを感じては(パターンが動いては)、
本当の「私」が決めていく作業が続きます。
ときに思考をフルに使って、考え抜くという場面もありました。
考え抜くというそれも良かったかもしれません。
この2週間は、父のことと、仕事のことは、
別なことのようでいて、つながっていたのだと思いました。
感じた心を落ちつかせ、自分を強くもって、考え判断していく。
起きている出来事は違っていても、
そういうものはつながって持ち続けていけるものなんだなと、
私にとっては、新しい発見でした。
複雑にしない。
だから、か・ん・た・ん・だ。
と勝手に解釈し~
ほっと心が温かくなっていく感じがあるので、そういうことにしました。
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