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4ケ月に一度、夫の受診と栄養指導に付き添っています。
夫の病気は服薬と食事が大事で(本来はここに運動も入る)、
受診の後は、指導された食生活に近づけることを誓うのですが~
喉元過ぎれば熱さ忘れる。
ちょうど4ケ月後の受診日が来る頃には、このことわざ通りの生活に戻ってしまいます。

高いモチベーション、実行力が続くのは、がんばって2ヶ月くらいまで。
今日は、久しぶりの外食だから、ま、いいか・・・
今日は一日がんばったから、ま、いいか・・・
今日は暑かったから、今日は疲れたから、今日は・・・食べたいから。
と夫もゆるいが(はじめからゆるい)、
わたしも時間とともに、作る料理がゆるくアバウトになってしまいます。

診察室では、いつものことなのですが、
夫の変な質問にわたしのパターンが引っかかります。
今回は、病気とそれ、あまり関連がないんじゃない?と思われる、脈拍について。
血圧を測ると必ずセットで脈拍の数値もでますが、高めの血圧にはふれずに、そこに食いついた。

夫 :人生の中で、ここまで低かったことないんですよ!
Dr:アスリートなんかは、こういう数字出ますよ。マラソン選手とか。心臓が強いから。
夫 :そうなんですか!

そこからは、学生のときマラソンが得意だったとか、若い時はよく走っていて痩せていたとか、
昔話(自慢話)が続きました。
横にいたわたしは、そんな昔の話をしたって今は運動してないじゃん、
もういいから検査結果の話題にもどしてくれと思いながら、
なぜ夫は、こんな話を診察室でわざわざしたんだろう・・・と思いました。

しばらくたって、やっと自分の鈍感さに気づきました。
いつもいつも、病気を治す気があるのかとわたしに言われ続け、
夫はどんどん自信をなくしていたのだろうなと、思いました。
検査結果など簡単にはよくはならないことも知っているし、
診察室では毎回同じような話が繰り返されることもわかっています。
だから、脈が低い!それはアスリートの心臓と同じだ!
という先生の言葉に『希望』を見出したのだと思います。

どこもかしこもいいところがない自分の体に、
やっと唯一いいところ(心臓は丈夫かもしれない!)を発見できた。
その嬉しさがあったのかもしれません。

夫婦って、わかっているようで全然わからないものです。
自分からすれば、もっと食べ方を気をつけてほしいし、
外食するときも考えて食べてほしいのです。
でも、夫が運動する気が起きないのは、それだけ病気が進んでいるから仕方ないことでもあると知り、
完全にパターンで夫を見ていたことに気づきました。
夫に健康になってもらわないと、自分が不安なのです。
だから、自分のためにいろいろやってほしいということなのです。

これは母に対するパターンにも似ています。
母の認知症が進むということ、母といつか別れがくるということは、
失う寂しさ、不安、恐怖心があります。
そこに向き合えるかどうかは、相手の状態の問題なのではなく、自分の問題。

気を良くした夫に、
良かったね~いいところあって!
夫には、これからもはっぱをかけると思いますが、
寂しさ、不安、恐怖心ではないところで話せるようになりたいです。
そして、何よりいいところも見ながら、楽しくやっていきたいなあと思いました。








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