自信がないだけか



●自信がない
という黒パターンがあります。
自分には人としての魅力がない、頭の良さがない、話しが下手、記憶力が弱い、理解力が弱い、体力がない、もう若くない、勇気がない・・・
といろいろ自信のない理由は続く。
これらの黒パターンに染まると、
だんだん気持ちが沈み、胸が絞めつけられるように苦しくなり、自分が小さくなっていくのがわかります。

その後どうなるのかといえば、
行動力がどんどんなくなり、話せなくなり、考えられなくなり、表情が硬くなり、
それこそすっかり自信をなくす、という自分が出来上がります。
この悪循環を変換するために、自分をケアしていくのですが・・・

〇もしかしたら、自信がなくてもいいのかもしれない

自分には人としての魅力がないわけではないのかもしれないし、
知識がなくても、うまく話せなくても、聴く力を大事にしていけばいいのかもしれない。
忘れることがあっても、わからないことがあっても、大丈夫かもしれないよと。
「それでもいいのかもしれない」「そうなっていけるよ」など断定的な言葉ではなところで、少しずつ白に近づけていく。

自信がないと言っている黒パターンのケアの途中、
パターンの言い分である、『勇気』についてはどうするのか。
ここでまた引っかかりました。
勇気はなくてもいいのかもしれない、でいいと本当の「私」は思えるのか?

自信はなくてもいいのかもしれない、とは思えるけれど、
勇気がないのは、なんか違うように思っている自分がいます(これもパターンではあるが)。
もちろん勇気がないことが悪いこと、ダメなことではないけれど、
今の自分にはとても、かなり、いや、本当にもうこれはずばり、本当の「私」が選択したいもののように感じる。

勇気を持てる自分になっているのかもしれない、
という言葉でケアすることもできます。
ただ、これがちょっと今の自分には違和感があり(なぜならば、そうなってきていないと思っているから)、
どちらかと言えば、「持ちたい」「持っていこう」の方が真逆であるけれどしっくりきます。

自信がなくてもそこそこできることはあるけれど、
勇気がなかったからやれなかったこと、の方がいっぱいあった。
これは、自分の今年の目標に掲げたことでもあり、やはりまた向き合うことになったのだなあと思う・・・

●自信がない、もだけど、
●勇気がない、の方が大きいのかもしれないです。
パターンは自信がない言い訳を並べてくるけれど、
実は、勇気がない・・・たったそれだけなのかもしれません。





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