ちょっとずつがんばる

マスター級の白を選ぶというのは、今の自分には現実的ではないです。
中には、小さな引っかかりならば、真逆の白を選べるときもなきにしもあらずですが、
そういうパターンはまだまだ自分は少ないと思います。

日常的にモヤモヤしたりイライラしたりということはあり、
語りかけの回数も選んだ白の種類も、根が深いパターンほど丁寧に関わっていくことが大事なのだと思います。
嫌なことを嫌じゃないとはなかなか思えないし、
してほしかったことに対して、してくれなくても全然平気~
にはならないことの方が多いのです(「私」ではなく、パターンが思っていることにすぎないのだが)。

『マスター級ではない白を選ぼう』と思っても、
どういう白だったらしっくりくるのかという点は、本当に白の選択肢はいろいろありますので、
一生懸命に言葉をつなげてあれこれ考え抜いたとしても、結局は「私」の感覚がたよりなんだと思います。
実際に今の自分が今すぐにでもこれなら選べそう、というところで判断するということでもあります。

実践が難しい白ではもちろん作った時点で、ちょっと違和感があって、これではないとわかるのですが、
実践が可能なのかどうか微妙なものを作ることもあります。
そこには、いずれそうなっていきたい、そう成りつつある自分でありたい、
という気持ちを持っているからだなのだと思います。
それは、黒はもう選ばないという選択がまずはじめにあって、選ぶなら白だと(ここは明確にわかる)。
その白を可能なものにしたいという願望が、
白パターンの言葉の中にではなく、言葉の裏に隠されているものとして、
『ちょっとずつがんばっていこう』というものがあるように思いました。

言葉として白の中に『がんばる』が入ってしまうと、
そうなっていない自分を否定するような、そしてがんばる方向へ無理をして向かうような感じがありますが、
言葉には使わないけれど気持ちとして、そうだということ。
自分がこの先に何を得られるかなどということも考えず(期待せず)、
まずできるかどうかわからないけれど、
ちょっとずつやってみたいというところは大事にしていいのではないかと思いました。
ガチでやろう!ではなく、
もっとやわらかに、力を入れずに、楽しむように、広がりを感じながらやれるものです。

よく、成長したことを確認しないようにと言われるのですが、
気持ちが軽くおだやかに過ごせていると感じるとき、
そのパターンを克服できたような、成長を実感している自分がいるのだと思いました。
もしも次にパターンが暴れたとしても、
わたしは一度白を選べたのだから、またがんばれるはず、と思うのか・・・
そういう、力が入ったものではないということをパターンは教えてくれるのだと思いました。

だから、ちょっとずつなんだと思うし、
場合によっては、『ちょっとずつがんばらないでみる』でもいい。
その『ちょっとずつ』は実際には激的な心の変化をもたらすものではあるのですが・・・
白の言葉選びは、
丁寧に自分にしかわからないような微妙なニュアンスがとても大切なのだと、やっていくほどに思います。

これだったんだ、これ・・・というものが必ず現れるまで、
ここは妥協せず探していけたらいいなあと思います。







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