開示から学ぶ

昨日のクラスの勉強では、仲間からの開示がありました。
その話を聞いてすぐに自分の胸がざわざわしだし、
その話の出来事があった時もざわざわしていたのに、スルーしてしまったことが蘇ります。
今話しを聞いて、パターンを無視したこと、後悔の気持ちと共に謝りました。

確かに感じたことがあったのに、
そんなことはないか…と、打ち消すように何となくその場の流れにのってしまった自分。
やはり思いやりに欠けたパターンで取った行動だったと思いました。

そしてそれは、常にカードを選ぶ意識に欠けていたことを、
あらためて気付かされました。
白と黒のカードがあったとして、
それはいつでも自分の目の前に、宙にぽわんと浮かんでいて、
その時、パターンに支配されているのか、それとも本当の「私」で意識を持っているのかで、
つかむカードは変わるのです。
あ、このカードじゃなかったかも?
と思った後に、違うカードをすぐに選び替える勇気は「私」であったならばできること。

常に常に365日、一日の中で何度も、
「私」がちゃんと選んでいる?と問いながら、
そこへ意識を向けることが大切なんだと思い知らされた気がします。
おそらく、意識しないとあっけなくパターンでやってしまう・・・
そういうところに自分はまだいる、ということなのだ。

とても正直な話をしているだけでなく、
自分がどんなパターンに引っかかり、
そのパターンは何と言っているのか、どんな気持ちでいたのか、
順を追って話し、
そして自分はどうありたいのか?
こうやって自分のパターンを開示すればいいのだと、
教えられたようでもありました。

以前は、それはその人のパターンの問題だから~と思って終わることが多かったのですが、
その開示のおかげで、その時の自分のもやもやも話すことができ、
グループで学ぶって、こういうことなんだなあと(相乗効果なるものを)感じました。
これは、何十年も一緒に学んでいたから自然となるわけではなく、
話そうと思わなければ、何年一緒にいようとも決して得られない学びだと思いました。

すぐにその場で言えなかったとしても、
こうやって、
この前ね・・・って話せばいい。
やっとそんな話ができるようになりつつあることが、
ちょっとうれしくもあり、ありがたく思いました。


夜桜を見に高松の池へ (なぜかこういう写真になった…)




コメント