親戚付き合い



お墓参りにお寺に行くと、叔母(父の妹)とばったり会いました。
あらまあ、まーちゃん!あーうれしい~~
(家族親戚は、私をまーちゃんと呼ぶ)
と、いつも変わらず元気な叔母。
お寺でもどこでも、声がでかいので、すぐにわかります。

75歳になった叔母は、たくさんのお花をかかえて自転車でやって来ました。
いつもお盆やお彼岸には、こうして真っ先にお墓を掃除し、
たくさんのお花を飾ってくれていたのです。
そこに悠々と、後から手ぶらで自分たちがお参りに来る・・・という、いつものお盆の流れ。
それが、今年は雨降りが続いていたので、
遅く14日になってしまったということでした。

そのおかげで、はじめて叔母と一緒にお墓掃除をし、
一緒にお線香をあげて、手を合わせることができました。
ご先祖様から、これからも叔母たちを大事にしていきなさい、
と言われているような気がしました。

先日、秋田で豪雨があり被害の様子がTVで映し出されましたが、
叔母は何十年も疎遠だった親戚に、電話をかけてみたそうです。
無事でいるだろうかと、黙っていられなかったのだと思います。
私も小さいころ可愛がってもらった記憶のあるその方は、95歳になっていたそうで、自分を思い出してくれたことに涙を流して喜んでくれたと言っていました。
その話のおかげで、私もその方の顔を思いだし、
元気でいてくれてありがとうと、心の中で思うことができました。

そういう、思ったら即行動するところが、
父とよく似ています。
父も親戚のことをいつも大事にしていたなあと思います。
12人兄弟のまん中で、上と下にはさまれていろんな相談事にのっていた姿を思い出します。

叔母はよく、食べ物をうちに持ってきてくれることがあるのですが、
それがいつも今日なんでこれを?というもの。
しかも遠く、わざわざ自転車こいで届けてくれるのか?

叔母にすると、
夏はそーめんが一番だから!(茹でてある)とか、
このおせんべい、美味しくて止まらないから!とか。
私たちに食べさせたいという気持ちと、
自分のわくわくを伝えたいという気持ちで持ってくるような感じなのです。

うちにもあるそーめん。
なんてことないせんべい。
昔はおかずも作ってきてくれることもありました。
私をいまだに小さい子のように思っているのか、
タッパーには、カラーペンで料理の名前と材料の名前、そして丁寧に食べ方まで書いてあります。
それくらいわかるわ~と思うようなことが書かれてありました。

そういう子どもみたいに思いついたことをする叔母を(そして自分が話したいだけしゃべる)、
昔は本当にこんな大人らしくない大人、かっこ悪いと、煙たく思ったこともありました。

私よりも、夫はもっと叔母たち夫婦と関わっているかもしれません。
TVのリモコンがきかないとか、
玄関のピンポンが鳴らないとか、
電話で済むようなことでも、話がなかなかかみ合わないので、
夫は、行った方が早いと言っては駆けつけています。

自分たちが、こうしてお世話をしている、とはたから見ればそう思われるのでしょう。
でも、お世話って、頼む方も頼まれる方も、
どちらもお互いに、『そうさせてもらっている』のだと思います。
また、頼ってくれる人が誰一人いなかったら、
それもなんだかなと思いますし、
また、頼れる人がいるというのは、老後は特に心強いこと(いいことだ)と思うのです。

お互い様ということを叔母のおかげで体験している私。
電話が鳴ると、今度は何なの~?と言いつつも、
その日常はイヤではありません。
むしろ、元気がなくなっても、
叔母たちに自分たちができることをしてあげたいなと思います。











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